君のいない5月に

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 美術教諭はゆっくりとスケッチブックをめくった。最初の方は、クロッキー、後半はかなり詳細に描き込まれた鉛筆デッサンだった。全て同じモチーフ、黒いテリアの絵だった。 「全部同じ犬の絵ですね」 「はい、うちのわんこです」 「これはミニチュアシュナウザー?」 「そうです。先生も犬飼ってらっしゃいましたね?」 「うん、ジャックラッセルテリアね」 「わあ、可愛いい!」 「シュナウザーも可愛いですよ」 「そう!うちの子、すっごく可愛いんです。だから、ゴールデンウィークにいっぱい絵を描こうと思って。でも・・・全然描けないんです」  男はゆっくりとスケッチブックを見た。 「クロッキーは、見て描いたのですね?」 「はい。見て、というか動きを思い出して描きました」 「よく描けていると思いますよ。後半のデッサンは写真を見て?」 「はい。写真は、邪道ですか?」 「いいえ、そんなことはありません。犬はじっとしてくれないですから」  学生は自分の絵を無言で見て、しばらくして口を開いた。 「写真の通りに描いても、ちゃんとした絵にならないんです」 男は、最初の1枚をじっくりと見た。真正面の犬の顔。 「犬の立体感を真正面から描くのは難しいですよ。どうしてもマズルの短い犬みたいになります」 学生はモナリザのポーズを崩し、少し前のめりになって答えた。 「そうでしょう!まるでシーズーみたい」 「実際は両目で見ているから立体的に見えるのです。平面にそれを写すのは不可能・・・」 「でも、写真だとちゃんと立体に見えますよ」 「それは、脳が立体だと認知して、修正しているのかもしれませんね」 学生は、ふんふんとうなずきながら、ページをめくった。
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