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青年は公園のベンチに項垂れるように座り、ジョギングで激しい鼓動を打つ自らの心臓を落ち着かせていた。激しいエイトビートを叩く鼓動がいつもの心拍数に戻ると同時に、自分が座るベンチの向かい側にあるブランコに人の気配を感じ、顔を上げた。
ブランコには少女が一人座っていた。青年は根っからの理系で、文学作品に明るくはなかったが、かぐや姫が出てくる竹取物語は読んだことがある。
それに出てくるかぐや姫を思わせる大和撫子の少女がブランコに座り、自分と同じように月を眺めているではないか。
こんな夜中に女の子の独り歩きは宜しくない、保護の意味を込めて声をかけることにした。
「お嬢さん、こんな夜中に一人は危ないですよ」
「いえ、お構いなく」
青年が少女に声をかけた瞬間、月に僅かにかかっていた雲が風で流れ、か細くも頼りない月明かりが若干逞しくなり頼りあるものとなる。その光は青年に少女の全身を見せるには十分だった。
月明かりの下でも分かるぐらいの黒く艷やかな肩まで届くような女子らしい髪の毛、肌はその髪の毛とは真反対に白磁の陶器を思わせる美しく白い肌をしていた、目はパチリとした二重瞼で遠目でも黒目の虹彩が見えるぐらいに大きい、唇も口紅を差しているわけでもないのに健康的な桃色に輝いていた。服装は白い純白の薄手の生地のワンピース、月明かりに反射し、その真白い生地がより輝いて見えた。
青年は少女の美しさに見とれて、暫く言葉を失ってしまった。
「あの、もし?」
ああ、少女の美しさの余りに心がどこか月の向こうに吹っ飛んでしまったようだ。青年は気を取り戻し、少女と話を続けた。
「お嬢さん、こんな夜中に何をしているのですかな?」
「お散歩です」
「お散歩ですか。もう少し、明るい間にできやしませんかな?」
「ふふふ、あたしはこの時間しか散歩が出来ませんもので」
学校で運動とかしてないのかな? それとも勉強で忙しくて散歩も出来ないのかな?
冷笑を浮かべながら微笑む彼女の顔を見ながら青年は考える。
「それでは、失礼させていただきます」
少女はブランコからスッと立ち上がり、公園を後にした。
「俺も帰るか」
青年も公園を後にし、ジョギングの続きに入った。
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