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名刺
師走の忙しない空気は、時代に取り残されたようなレトロな嵌め込みガラスの扉で完全にこの空間から切り離されてた。
静かで落ち着いた、ゆっくりとした時間が流れる。
照明はどこかあたたかなオレンジ色。
席に腰を落ち着けた客はさざめくように声を落として、店内に流れる耳に心地いい洋楽に紛れるように会話を楽しんだ。
俺と淳平も、本題である忘年会の流れの確認と二次会の詰めについて広げた進行表を見ながら話して、気付けば1時間ほど経ってて、店内のお客は来た時の半分ほどになってた。
ふいに、淳平が俺の顔を見て「お前汗かいてるじゃん。ストール外せば?」って自分の首の付け根の辺を長い指でトントンと指した。
「あ、そうか!暑いと思ったら」
「気づけよ」
可笑しそうに笑う淳平。
ほんとだよ。暑いな~とは思ってたんだけどね、頭の端っこでね。でも話に夢中だったからさ。
ストールを外し、先に汗を拭こうとカバンの中からハンドタオルを取り出すと、その瞬間ぴらっと何かが一緒に飛び出したのが目の端に映った。
「おっ……なんか落としたぞ」
淳平がハイチェアから降りて拾ってくれたそれは、名刺。
先週不動産屋に行った時に御厨さんから頂いたの、名刺入れが無かったからってそのまま入れて、忘れちゃってた。
ところが、淳平が固まってんの。その名刺見て。
「どーしたの?」
俺がフリーズ中のその端正な横顔を見て訊いたら、ギギギって感じにこっち向いてさ。
「お前……これ、御厨さんって……デイトレーダーの……?」
「えっ!!なんで知ってるの!?」
びっくり以外ないでしょ!!えっ御厨さんって有名人!?
「バッカ、マジかよ!!えっやっぱりあの御厨奏介!?なんで!?なんでお前が彼の名刺持ってんの!?」
淳平の勢いが怖いんですけど!なんでって言われても……ヒロくんの彼氏、とは言えないよね。
「ヒロくんの友達なの。この間初めて会って……」
「なんだよ!!なんだよそれっ!!えっ!!お前!!言えよ!!」
「っそんなこと言われても……何…御厨さんって、何者……?」
「カリスマデイトレーダーだよっ!!彼が参加する情報交換会はいつもすぐに締切になって俺まだ1回も入れてねえの!ああ~……!!マジかよ!!」
静かな店内を気にしつつも興奮が抑えきれない様子の淳平に、なんか俺の方までどきどきしてきちゃった……!!
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