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いつもの通り鬼ごっこをして遊ぶことになった。佑太は慣れ親しんだ毎週日曜日のメンバーに視線を巡らせる。日曜日にこの公園に集うのは胡鶴と八雲だけではない。
胡鶴の仲間である透真と凌、隣の地区の学校に通う睦月ともう1人の女の子である沙綾などは常連だ。
足の早さは胡鶴がずば抜けて速くて、後のメンバーには大きな差がない。それはわかっているのだけども祐太は鬼になる度、胡鶴を捕まえてやろうと躍起になった。
胡鶴はやはり捕まえられなかった。足の早さもあるのだが、障害物を巧みに使って鬼の足止めをするのだ。
祐太が悔しげに額の汗を拭った時、遊びの中断を知らせる笛の音が聞こえてきた。
逆衣の町でも、この公園は特別だと祐太は思っている。なんせ、毎週日曜日にアイス売りのおじさんがやって来るからだ。
麦わら帽子を被って首にタオルを巻いたおじさんは、クーラーボックスを取り付けた自転車を引きながら、ピーヒョロロと間の抜けた笛を吹く。
逆衣の子ども達はこの笛の音がアイスの音だと知っている。
「「じゃんけんぽん!」」
遊びを止めて一目散におじさんの前に集まった祐太たちは声を揃えた。近くにいた犬の散歩中のお爺さんが何事かと目を見張ったが、アイス売りのおじさんはいつもの事だと微笑ましそうに目を細めている。
「よっしゃ!」
結果は珍しく祐太の1人勝ちだ。沙綾と凌が羨ましげに祐太を見るが、勝ちは譲れない。これは仁義なき戦いなのだ。
残りの6人が更にじゃんけんして、2人の敗者を決める。今日は凌と睦月だった。
「おじさん、アイス4つ」
2人が100円ずつ出してアイスを4本買う。
棒の2つついた半分こにできるソーダのアイス。子どもは1本50円。安くて美味い、最高だ。
「あっ」
ホクホク顔でまるまる1本の戦利品を割ろうとした時、目の前で八雲がつまづいた。
黒い頭が大きく揺れて、白いワンピースがふわりと膨らむ。ピンクの運動靴を片方飛ばしながら、八雲は盛大に転んでしまった。
ひゃあ、と悲鳴をあげたのは誰だったか。少なくとも転んだ本人の八雲ではない。
祐太は駆け寄ろうとしたが、いち早く八雲の側に駆けつけた胡鶴を見て二の足を踏んでしまう。結果、八雲が胡鶴に助け起こされる様子を1番近くで見る羽目になった。
「怪我はねぇな」
「うん」
安心した胡鶴の声とは対照的に、八雲は沈んだ様子で頷いた。ふと、八雲の足元を見ると先ほど沙綾と半分こにしていたアイスが、砂まみれの無惨な姿で転がっている事に気がついた。
祐太は手元にあった手付かずのアイスをパキンと割った。見比べて、少し大きい方を八雲に差し出す。
「いいの?」
八雲の湿った瞳が祐太を見つめる。祐太は少しどぎまぎしながらも、「いいよ」と頷いた。
アイスを受け取った八雲は大事そうに両手で持ち、もじもじと控えめに祐太を見上げる。
「ありがとう」
小さな唇から零れ出るような囁き声に、祐太は嬉しいやら気恥ずかしいやらで顔を真っ赤にするのだった。
■ ■ ■
「ねえ、祐太くん」
陽の傾きかけた頃。あたりがオレンジ色に染められて、遠くで野山に帰るからす達の声が反響している。
6時を告げる鐘の音を合図に帰り支度を始めた祐太に、八雲が声をかけた。
「明日の放課後、会えない?」
小首をかしげて聞く八雲は可愛らしい。明日の予定を頭に思い浮かべる前に祐太は頷いてしまう。
「じゃあ明日、またここで」
そう言って去る八雲の後ろ姿を、祐太はぼんやりと浮わついた頭で見送る。
その様子を少し離れたところで訝しげに見つめる胡鶴の視線に気づくことはなかった。
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