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群れるものども
逆衣町の夕桜にある小さな公園を子ども達が駆けている。
きゃらきゃらとした笑い声をどこか遠くに感じながら、祐太はぼんやりとその中の1人を見つめていた。
今年小学校高学年になったばかりの竹友祐太には気になっている女の子がいる。目の前で遊んでいる一団の中の1人で、名前を八雲という。
サラサラとした黒髪を肩のあたりで切り揃えた大人しい雰囲気の子で、囁くように話す仕草が可愛いと祐太は思っていた。
「祐太くーん」
八雲が「こっちこっち」と手を振った。ぴょんぴょんと小さく跳ねるのが、ウサギみたいだと祐太は頬が緩むのを感じる。
けれどそれも彼女の隣に現れた1つの影によって固まってしまう。
「早く来いよー!」
良く通る大きな声で祐太を呼ぶのは、短い黒髪と鼻の頭に貼った絆創膏が、いかにもやんちゃ坊主といった風の陽野本胡鶴だ。
祐太は彼を密かにライバルだと思っていた。祐太が八雲といると、決まって彼が現れるからだ。間に割って入るだけならまだ良いが、八雲を連れてどこかへ行ってしまうこともある。
子どもっぽいやり方であったなら何か言い様もあるのだが、胡鶴のやり方は嫌味も悪意もない。その上顔に似合わずさりげなかった。
胡鶴も八雲の事が好きなのだと、確たる証拠もなく確信していた。
かといって表だって胡鶴を嫌って対立できるかというとそんなことはない。胡鶴は八雲の事を除けば佑太にとってもいい友達だった。彼のような男に対抗しようなどという考えは思い浮かぶことすらない。
胡鶴は同じ小学校の同学年であり、不倶戴天のガキ大将なのだ。もやしのゲームっ子な祐太が勝てるものなんて勉強くらいのモノで、かけっこも腕相撲も勝てたためしがない。名前の画数すら負けてる。
ただ、底辺に勉強で勝てたからといって大したステイタスにはならないし、点数をひけらかすのは少しダサいと思っていた。
なら人望はどうかというと、こちらも完敗だ。
胡鶴はガキ大将というくらいなので喧嘩が強い。かといって威張り散らしているかというとそんなこともなく、いつも亀梨透真と鷹野凌とつるんでいるけれども、彼らは舎弟ではなく気心知れた仲間だ。
弱気を助け、悪を挫く。しかし聖人君子や生真面目とは程遠い好奇心旺盛のイタズラ好き。
そんな一昔前のアニメのヒーロー像に近しいモノをもった陽野本胡鶴は、学年の人気者だった。
対して祐太はどうかというと、もはや言う必要もあるまい。毎週日曜日に八雲に会うためだけに公園に遊びに来る以外は家でゲームをしているような子どもだ。交友関係など推して知るべし。
どうあがいても勝てない相手に馬鹿げていると思いながらも、祐太は八雲の事を諦めきれないでいる。でもでもだって、好きなものはしょうがないじゃないか。そうは思っていても、胡鶴に対抗心を燃やす事も八雲に想いを伝える事だってできやしない。
(何もしないのだからいいだろ)
八雲の後ろをてってこ着いて来る胡鶴を、密かにほんのちょこっとだけ疎ましく思うくらい赦されてもいいだろう。
「はーやーくー!」
遠くから再び声がかかった。続けてばらばらと振って来る呼び声に「今行くからー!」と、大きな声で答えて佑太は走り出した。
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