3 なぞの魔法乙男キューティーファイター登場!

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3 なぞの魔法乙男キューティーファイター登場!

俺は、その場所を知っていた。 ここは、秘密の花園。 彼女が閉じ込めれている美しい檻。 赤いバラのむせかえるような薫りに包まれて、彼女は、静かにたたずんでいる。 彼女は、俺に、優しくほほ笑みかける。 俺は、彼女に声をかけたかったが、何と言えばいいのか、わからない。 そうだ。 名前。 君の名前。 俺は、問いかけようとしたが、声がでなかった。 まるで。 悪夢の中にいるかのように。 名前。 俺は、必死で唇を動かした。 君の、名前、は? 「アビゲイル」 そう、彼女は、言った。 アビゲイル。 俺は、その名を繰り返す。 アビゲイル。 俺は、彼女に向かって手を伸ばした。 彼女の美しい黒髪に触れたかった。 俺は、恐る恐る、手を伸ばし、そっと、優しく、彼女の髪に触れた。 柔らかい。 黒い、絹糸のような髪だった。 「という夢を見るんだ」 昼休み。 体育館の裏で、俺は、リリアンのお手製の弁当をつつきながら、クラスメートで気のおけない友人である岡部に話した。 リリアン。 俺は、無意識に、嫌そうな顔をしてしまった。 しかし、俺は、すぐに、思い直した。 何かと嫌なところの目につく奴だったが、実は、世話焼きな、気のいい奴だった。 最近は、俺だけでなく、親父の弁当まで作るようになっている。 人間サイズの姿になったリリアンは、本当に、どこにでもいる普通の筋肉もりもりのおネエだった。 親父には、俺の学校の友人といってある。 親父は、厳しいが、基本、俺には、無関心なので、俺がこんな怪しい奴と知り合いでも、スルーだ。 俺の親父は、46歳の中年男だが、刑事で、しかも、息子の俺が言うのもなんだが、なかなかの男前なのだ。 ロマンスグレーの髪に、黒縁眼鏡。 少し、色黒で、背の高い、がっしりとした体つき。 まったく女と縁のない俺とは違って、親父は、けっこう女にもてている様だ。 だが、親父は、俺が4歳の頃に、お袋が死んでから、ずっと一人を通している。 それは、俺がいるからというわけではなかった。 親父は、いまだに、お袋を愛しているのだ。 相手が死んでからも続く、愛。 とても、俺には、信じられない。 「それは、恋じゃないかな」 岡部は言葉に、俺は、はっとした。 「恋?」 親父が、お袋に、恋している? ふと、俺は、現実に戻った。 俺は、さっき、岡部と話していたことを思い出した。 「ああ、でも、何処の誰かも知らない相手なんだぜ」 「前世の恋人、とか」 岡部は、その外見のとおり、ロマンチストな奴だ。 少し暗い茶髪の、眼鏡をかけた美少年である岡部は、この学校の有名人だった。 毎日、何通ものラブレターを受け取っている様な奴だった。 まあ、俺ほどじゃないが。 くそっ。 言ってて、悲しくなる。 何故なら、俺たちの学校は、男子校だからだ。 まったく、病んでるよな。 みんな。 脳ミソが腐ってるに違いない。 だが、岡部は、違う。 岡部は、俺が自分にきた手紙をゴミ箱に捨てているのを見て、言った。 「ダメだよ、伊崎君。人の思いの詰まったものを、そんな風に扱っちゃ」 本当に、岡部は、優しい。 何より、まっとうだ。 そして、美人だ。 俺でさえも、岡部が女だったら、と、思ってしまうほどの美少年だ。 俺は、呟いた。 「前世、か」 だとしたら。 それは、悲しい恋だったのだろうか? リリアンが、俺に言った。 「魔法少女の力の源は、恋のパワーなの」 「恋?」 俺は、自分の部屋で筋トレしながら、リリアンを話を聞いていた。 腹筋の回数を数えながら、俺は、上の空だった。 リリアンは、ウフフ、と、気持ち悪い笑いを浮かべた。 「そうよ、恋」 リリアンは、言った。 「恋するパワーが、魔法少女を強くするのよ」 「恋、ねぇ」 68、69。 俺は、腹筋を繰り返していた。 リリアンは、溜息をついた。 「どうして、こんな、唐変木を選んじゃったのかしら。恋もしたことのない、チェリーなんて」 「チェリーって、何だよ」 俺は、リリアンにきいた。 リリアンは、ふん、と、俺を見下して言った。 「あんた、童貞なんでしょ?」 「それは」 俺は、言葉に詰まった。 確かに。 俺は、女と付き合ったことはない。 ましてや、男とは、一線をかくしている。 柔道一直線の、清く、正しい高校生活を送っている。 そんな俺を、リリアンは、バカにしたように笑った。 「悔しかったら、いい男の一人でも、捕まえてごらんなさい」 何で? 男? 俺は、リリアンの作った唐揚げを食べながら考えていた。 何故、女じゃ、だめなんだ? 岡部が、クスクス笑った。 「伊崎君が、恋の悩みだなんて」 「俺が悩んでちゃ、変、か?」 「ううん」 岡部は、言った。 「なんか、最近、伊崎君、変わったなぁって思ってさ」 「そうか?」 まあ、いろいろあったからなぁ。 あんなことや、こんなことや。 岡部は、複雑な気持ちの俺に言った。 「うん、前より、ずっと、人間らしくなった様な気がする」 「人間、って」 俺は、言った。 「それじゃ、まるで、俺が化け物みたいじゃないか」 「いや、そんなつもりじゃなくて」 岡部が慌てて言った。 「何だか、伊崎君、最近、皆に優しくなった様な気がして」 「そうかな」 俺は、首をかしげる。 岡部は、儚げにほほ笑んだ。 「ただ、今の伊崎君になら、僕の気持ちがわかってもらえるかなって思ったんだ」 「えっ?」 「伊崎君」 岡部が、俺の箸を持つ手を、両手で包み込んで、俺の顔をのぞきこんだ。 「君は、ぜんぜん、気づいてないんだよね?僕の気持ちになんか」 「はい?」 「だから、僕、こんなことになっちゃったんだ」 「こんなことに、って、岡部」 その時。 急に、リリアンが現れて、叫んだ。 「夢魔の気配がするわ!気をつけて!諭吉」 「何だ?」 俺は、思わず立ち上がって、身構えた。 岡部は、黙って、リリアンを見ていたが、やがて、笑った。 「本当に、伊崎君って、いつも、僕の想定外なんだね」 「岡部?」 岡部が立上がり、俺から少し離れた。 岡部の影が、膨張していく。 影が、黒い獣に変化していった。 「戦闘妖精、か。ならば、お前は、魔法少女といったところか?」 「な、何だ」 俺は、弁当を足元に落とした。 岡部が。 岡部が、夢魔にとりつかれている! リリアンが叫ぶ。 「諭吉!変身よ!」 「え、エンゲージ!」 俺は、岡部に向かって指輪をかざした。 「エターナル キューティー チェンジアップ!」 服が破れて、俺は、一瞬、全裸になってから、すぐに、光に包まれた。 次の瞬間。 ふわり、と、着地すると、俺は、夢魔たちを指差して言った。 「あふれでる乙女心は、無限大!キューティーウォリアー!」 「ふん」 岡部が、鼻血を拭きながら言った。 「ずいぶんと、いいものを見せてもらったよ。お礼をしなきゃね」 「何を、だ!」 俺は、ぞわぞわしながら、言った。 まったく! どいつも、こいつも。 岡部は、そんな俺を無視して言った。 「イリュージョン!」 岡部の言葉に反応した夢魔が巨大化していく。 「世界よ!闇に染まれ!」 辺りが闇色に変わっていく。 「気をつけて!ウォリアー!奴は、今までの敵と違うわ!」 リリアンが言った。 黒い巨大な獣は、低く笑った。 「もう、遅いわ!」 はっと気づいた時には、俺は、獣から伸びてきた何本もの触手にからめとられていた。 「何!」 俺は、暴れたが、触手は、暴れれば暴れるほど、俺をきつく締め上げた。 俺は、空中にはりつけになっていた。 「いい格好だね。伊崎君」 岡部が、ハサミを手に近づいてくる。 「僕が、もっと、いい格好にしてあげるよ」 「何、する気だ!」 「動いちゃ、ダメだよ、伊崎君。動いたら、怪我しちゃうよ」 岡部は、そう言うと、俺のコスチュームを切り裂いた。 服がはだけられる。 「ステキだ。伊崎君」 岡部は、裸の体をさらした俺に顔をよせると、俺の首もとをペロリと舐めた。 「うわっ!やめろ!」 俺が身をよじると、岡部は、にっと、笑った。 「これぐらいで、そんなこと言ってちゃ、ダメだよ、伊崎君。これから、僕に、もっと、いろんなこと、されちゃうんだからね」 「岡部」 「伊崎君、ずっと、こうしてあげたかったんだ」 岡部は、俺にねっとりとしたキスをしてきた。 気持ち悪い。 俺は、吐き気をおぼえた。 誰か。 俺は、目でリリアンを探した。 奴の姿は、どこにもなかった。 逃げた!? 俺は、ここから逃げのびたあかつきに、奴に下す罰を頭の中で考えていた。 「伊崎君、もっと、気を入れなきゃ、ダメだよ」 岡部が、俺の肌に指を這わせてくる。 「これから、僕と愛し合うんだから」 「岡部」 俺は、泣きたくなった。 岡部、お前もか。 不意に、岡部がすばやく、身をひいた。 俺と岡部の間に、何かが、飛来して足元に突き刺さった。 赤いバラ、だった。 「誰だ!」 岡部が、振り向いた。 その、視線の先には。 変態、がいた。 長い金髪を風になびかせた、長身でがっしりとしたチャイナドレス姿の仮面の男が、そこには、立っていた。 俺の背筋が、ぞくぞくした。 「あふれでるラブパワー!ときめく心は、無限大!」 仮面の男がポーズをとって叫んだ。 「キューティーファイター、推参!」 「何?」 岡部が言った。 「ヘンタイ?まあ、いいや。僕の邪魔をする奴は、みんな、滅ぶがいい!」 獣の触手が伸びて、ヘンタイ、もとい、キューティーファイターを捕らえようとした。 だが。 その、仮面の男は、高くジャンプしてひらりと、かわすと叫んだ。 「プリティ ドラゴン クロウ!」 光の巨大なカギヅメに闇が引き裂かれた。 獣が叫ぶ。 「しびしび!」 敵は、消滅し、その場には、俺と気を失った岡部と、仮面の男が残された。 背を向ける仮面の男に、俺は、きいた。 「あんたは、いったい」 「さらばだ、キューティーウォリアー。縁があれば、また、会おう」 「また、って」 そして、仮面の男は、去っていった。 俺は、呟いた。 「チャイナの下は、スパッツなのか」 じゃなくて、また別の受難の予感が、俺を襲っていた。 「どうなってんの?」 俺の魂の叫びが、辺りに響き渡った。
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