5 夢魔に恋したプリンス

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5 夢魔に恋したプリンス

放課後、俺は、隣のクラスの山田に呼び出された。 山田は、新聞部の部長で、真面目ないい奴だった。 だが。 最近の俺は、少し疑い深くなっていた。 だから、山田に新聞部の部室に呼ばれた時、嫌な予感にさいなまれていた。 そして。 その予感は、見事に的中した。 山田は、俺を見るなり開口一番。 「伊崎 諭吉。俺は、お前の正体を知っている」 「正体、だと?」 平静を装っていたが、俺の頭は、ぐるぐるなっていた。 全身に変な汗が流れ出る。 まさか。 俺は、首を振った。 いや、そんなことがあるはずがない。 「何の事だ?」 とぼける俺に、山田は、スマホの動画を見せた。 そこには。 岡部と、ミニスカドレス姿の俺が、ヤバいプレイをしているとしか思えない映像が映し出されていた。 「そ、それは」 「伊崎、この動画をネットに流したら、面白いことになると思わないか?」 「いや、まったく、全然、思わない」 俺は、言った。 こんなもの、ネットに流されたあかつきには、俺は、一生、世間から白い目で見られかねない。 何としても、断固、阻止せねばならない。 「何が、目的、だ?」 俺は、山田にきいた。 山田は、黙ったまま、にやっと笑った。 その日の夜のことだった。 俺と、俺が無理矢理連れてきた礼二郎は、学校内に無断侵入した。 もちろん、リリアンとアニータも一緒だ。 こんな面白いことするのに、仲間外れは、よくないだろ? 俺たちは、夜警のおっちゃんの目を掻い潜り、旧校舎へと向かった。 夜の学校は、気味が悪かった。 ことに、暗闇の中、僅かな灯りを頼りに見る旧校舎は、悪魔の館並みに不気味だった。 俺は、正直、びびりまくっていた。 漢の中の漢である俺にも、苦手な物がある。 その内の一つが、ホラー話だった。 まあ、誰にでも、弱みというものはあるのだ。 何処の学校にも、七不思議と呼ばれるものは、あるらしい。 それは、俺たちの学校にも、あった。 その七不思議の中に、夜の旧校舎に入った者は、皆、冥界へと引きずり込まれて、二度と帰ってこない、というものがあった。 「冥界、って、何だよ」 礼二郎が鼻で笑った。 こいつは、ヘタレのくせに、こういったことには、強いのだ。 俺は、言った。 「俺も、よくは、わからんが、実際に、何人かの生徒が行方不明になっているらしい」 「何かしら」 リリアンが鼻をクンクンさせて匂いをかいだ。 「甘い香りがするわ」 「あたしは、何も、感じないけど」 アニータが、言った。 リリアンは、アニータに言った。 「あんたは、不感症だものね」 「何ですって?」 二人の争いは、無視して、俺は、恐る恐る旧校舎の入り口の扉をひいた。 カギがかかっていた! 喜ぶ俺に、礼二郎が冷たく言った。 「押すんじゃね?」 余計なことを! 俺は、礼二郎を睨み付けてから扉を押した。 どうか。 開きませんように。 俺は、祈った。 鍵がかかっているとかで、扉が開かなければ、俺は、中に入れない。 だが、俺の願いも虚しく、扉は、鈍い金属音をたてて開いた。 俺だって。 俺だって、一生懸命、生きてるのに! 何故、いつも、運命は、俺に厳しいんだろうか。 悲嘆にくれる俺をよそに、礼二郎が言った。 「早く入れよ」 俺は、こいつをいつか殺すリストの2番目に入れながら、ゆっくりと、中に入っていった。 ちなみに、俺のデスノートのナンバー1は、リリアンだ。 俺に続いて礼二郎とリリアン、アニータも旧校舎の中へと入った。 その時。 ガクンと、世界が揺れるのを感じて、俺は、思わず、礼二郎にしがみついた。 礼二郎は、さりげなく俺の背中に手を回して、俺をハグした。 「何だ?ここは」 礼二郎が言った。 顔を上げた俺の目の前には、バラの花びらの舞い散る花園が広がっていた。 リリアンが、うっとりとして言った。 「何だか、懐かしいわぁ。まるで、故郷に帰ったみたい」 「故郷って、何だよ。Mー78星雲か?」 俺が礼二郎の影から言うと、リリアンが言った。 「何よ、びびってるくせに。ちびらないでよ。恥ずかしいから」 「誰が、だ!」 俺は、礼二郎を押し退けて中に進んだ。 確かに、旧校舎の建物の中の筈だったが、そこには、バラの咲き乱れた花園があった。 甘い香り。 俺は、何かを思い出していた。 俺は、前にも、ここに来たことがあるような気がした。 あの、少女。 アビゲイル。 ここは。 「ようこそ、私の花園へ」 声の主の方を見ると、そこには、ふりふりのフリルのついた薄い白のブラウスに、黒いピチピチのズボンという常人のセンスから、かなりずれた銀髪に青い瞳の美少年が立っていた。 俺は、こいつに見覚えがあった。 確か、なんたらという国からやって来た留学生だった。 名前は。 「クリス?」 礼二郎が言った。 美少年は、妖艶に微笑んで、礼二郎へと近づいた。 「レイ」 クリスは、礼二郎の頬に手を伸ばして、奴のことを見上げると嬉しそうに言った。 「きっと、君は、いつか、ここに来てくれるだろうと思っていたよ」 「クリス」 二人は、見つめあった。 俺は、信じられないものを見るような目で、二人を見た。 何だ? こいつら、できてるのか? すると、誰かが俺の肩を叩いた。 「うわわわぁっ!」 俺は、変な声を上げて、ビクッと、飛び上がった。 「すまなかった」 長い黒髪の、やはり、フリルのついた服を着た美青年が、俺に言った。 「驚かせるつもりは、なかったんだよ、美しい人」 美しい人? 俺が呆気に取られていると、そいつは、俺のことをそっと抱いて、顎に手をかけて上を向かせた。 「君のような可憐な人が来てくれて嬉しいよ、アモーレ」 アモーレ? 俺の全身に鳥肌が立つ。 俺は、そいつを突飛ばし、体を離した。 「リリアン!」 「なぁに?ユッキー」 人間サイズになったリリアンは、いつの間に現れたのか知らない男たちに囲まれて、女神のようにふんぞり返って、全身に愛撫を受けていた。 おぞましい。 俺は、目を反らして、礼二郎の方を見た。 が、すぐに、ダメだとわかった。 礼二郎は、クリスとくみつほぐれつしながら、熱烈なキスをしている最中だった。 ここは。 冥界か? 「アニータ?」 俺は、最後の頼みの綱の名を呼んだ。 しかし、彼女の姿は、何処にもなかった。 後ろずさった俺の肩をあの美青年ががっしりと掴む。 「皆、楽しんでいるようだ。さあ」 美青年が俺を抱き締めて頬笑む。 「我々も、この楽園を楽しもうじゃないか」 「いえ、けっこうです」 俺は、そいつを残して、逃げ出した。 だが。 何処までも続く花園。 むせかえるような甘い匂い。 そして。 よく見れば、至る所に快楽にふけるカップルの姿があった。 しかも。 男、男、男。 何処を見ても男ばかりだった。 俺は、叫んだ。 「なんじゃ、こりゃあ」 「ここは、禁断の楽園。選ばれた者だけが訪れることを許された場所」 あの、男が、いつの間にか、俺の側に立っていた。 「さあ、恐れることはない。私の腕の中へ、飛び込んでおいで、かわいい人」 かわいい人? 俺は、寒気がするのを感じた。 とりあえず、逃げよう。 だが、俺の体は、俺の意志に反して動こうとしなかった。 何だ? 体が。 痺れる。 黒髪の美青年がふっと笑った。 「この花園の花は、特別でね。人の理性を麻痺させ、その欲望に忠実な獣に変えるのだ」 奴は、俺を押し倒した後、キスしてから、そっと俺の耳元でささやいた。 「君は、どんな鳴き声を聞かせてくれるんだい?」 もう、無理! 俺の体よ、動け!! だが。 俺の体は、指一本動きはしなかった。 このままじゃ、俺。 マジで、ヤバイ! 突然、世界が揺らいだ。 グニャリ。 世界が、曲がっていく。 綻びていく。 黒髪の美青年は、狼狽えて叫んだ。 「どうしたんだ?何が、あった?」 世界が、暗闇へと飲み込まれていく。 「クリス!」 「こんなことが許されると思ってるの!」 怒声とともに、アニータが、現れた。 「ユッキー!変身よ!」 「お、おう!」 呪縛が解け、俺の体が動いた。 「エンゲージ!」 俺は、叫んだ。 「エターナル キューティー チェンジアップ!」 俺の体は、光に包まれ、次の瞬間、ふわりとしたミニスカート姿に変身していた。 俺は、キュートなポージングで言った。 「あふれでる乙女心は、無限大!キューティー ウォリアー!」 「待て!」 美青年が言った。 「その必要は、ない」 「えっ?」 俺の動きが止まった。 「どういうこと?」 俺がきくと、そいつは、言った。 「我々は、降参する」 「ええっ!」 俺は、思わず、アニータを振り返った。 「ちょっ、こういうの、ありなわけ?」 「ありなわけ、ないでしょ!」 アニータが、怒鳴った。 「さっさと、殺っておしまい!キューティー ウォリアー!」 「わ、わかりました」 俺は、美青年に向かって、ハートのビームを放った。 「ラブ ストリーム!」 「レオン!」 急に、クリスが飛び出してきて、その美青年に覆い被さった。 まずい! 俺の脳裏に、少年Aとして目を隠されている俺自身の姿が浮かんだ。 だが。 俺の攻撃は、何故か、跳ね返された。 「何だ?」 クリスの体が白い光を発していた。 これは。 「まさか」 アニータが、言った。 「プリンス?」 クリスは、妖精界のプリンスだった。 「でも、プリンスは、数年前に夢魔に拐われたんじゃ」 「拐われたんじゃない」 クリスは、言った。 「僕とレオンは、駆け落ちしたんだ」 「駆け落ち?」 要するに、二人の話では、数年前に、人間界を訪れたプリンスは、一体の夢魔と出会い、恋に落ちた。 しかし、夢魔には、名前がない。 その為、夢魔は、揺るぎある生命体であるらしい。 夢魔の存在を確定するために、プリンスは、夢魔にレオンという名を与えた。 それは、妖精界の亡き王の、つまり、プリンスの父の名だったのだと彼らはいう。 そして。 二人は、人の目を欺き、隠れて暮らすために、この学校の旧校舎に、秘密の花園を造り上げた。 「何人もの男たちの屍をしとねにしたってわけね」 アニータの言葉に、プリンスは、抗議した。 「誰も殺してなんかいないってば。それどころか、皆な、幸せだった筈だよ」 「一人を除いて、ね」 アニータが言った。 「あんたたちの楽園を退けた、たった一人の男をあんたたちは、捕らえて、夢の中に閉じ込めていた。もし、あんたたちが、この楽園の中だけにとどまっていたなら、あたしも、気づかなかったでしょうね」 リリアンが、ちっと、舌打ちした。 「余計なことを」 「ふん」 アニータが、リリアンをせせら笑った。 「最低、ね。楽園で、随分、お楽しみになったんでしよ?リリアン」 「何ですって」 リリアンが言った。 「言っとくけど、あたしだって、被害者なのよ!」 「どうだか」 二人が、すごい形相で睨みあっていた。 「で、どうするんだよ?」 俺は、疲れていて、もう、どうでもよくなっていた。 「こいつを消滅させるのか?」 「うーん」 アニータが、困った顔をしている。 「あたしは、それで、いいと思うんだけどぉ」 「俺は、反対する」 礼二郎が言った。 「確かに、人々を惑わせていたことは、大罪だが、恋は、罪にはならない」 「何が、恋、だ」 俺は、マイナス100℃ぐらい、冷ややかに言った。 「ただのエロだろ」 「あれは」 礼二郎が言い澱む。 「とにかく、俺は、この二人を引き離すことには、反対だ」 「あたしもよ」 リリアンが言う。 「全てを捨てて、恋に生きるなんて、素敵じゃない」 「俺は、お前たちの恋の定義がわからん」 俺は、言った。 「あれは、乱交してたんじゃねえの?」 「それは、それ、これは、これ、よ」 リリアンが言う。 「捕らえていた人たちも全員解放するし、もう、悪さも、しないって言ってるんだから、ほっといてあげましょうよ」 「罪を憎んで、人を憎まず、ね」 アニータが、溜息をついた。 俺は、ひしと、寄り添いあうクリスとレオンに、黙って、天を仰いだ。 結局。 この事件に関わった人々の記憶を消して解放することで、二人は、見逃されることになった。 俺は、何か、腑に落ちないものを感じていたが、仕方がない。 プリンスの権力の前には、正義など、無力なのだ。 そして。 唯一、彼等に屈しなかった男は、実は、新聞部の山田の男だった。 奴は、俺に、動画を消すかわりに行方不明の恋人を探すことを要求してきたのだ。 無事に、男を取り戻した山田は、俺に言った。 「ありがとう、キューティー ウォリアー」 俺は、というと、1番、こいつの記憶を消して欲しかった。
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