2 秘密の乙男、危機一髪

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2 秘密の乙男、危機一髪

舞い散るバラの花弁。 むせかえる高貴な薫り。 美しい黒髪の乙女。 乙女は、微笑みながら、俺に言った。 「朝よ!」 耳元でリリアンが叫んだ。 俺は、寝ぼけ眼で、声のする方を見上げた。 ほぼ、裸の筋肉モリモリの肉体をエプロンで僅かに隠したちっさいおっさんが、いた。 俺は、見たくもない現実に、もう一度布団にもぐり込もうとした。 すると、リリアンが言った。 「早く起きなきゃ、キスしちゃうぞ」 「起きます」 即行で起床した俺に、リリアンは、ちっと、舌打ちした。 危ねぇ。 俺は、慌ててベットから出て服を脱いだ。 俺の引き締まった筋肉質の体を見て、リリアンが溜息をつく。 「本当に、おしいわぁ」 「何が?」 「その男らしいボディに、この乙女心が宿っていることが」 「何が、乙女心だ!」 俺がリリアンをわしづかみにしようとしたのを、素早く逃れて奴は、部屋の至るところにある縫い包みの内の1体を指差して言った。 「これが」 「ぬぅっ」 それは、俺のお気に入りの1体で、県大会の前夜に夜なべして作ったくまちゃんだった。 「これも」 リリアンは、机の上のファンシーグッズを指差していた。 「そ、それは」 つい、全国大会で知らない街に行った時に、間違えて入ったふりをして入店したかわいいモノの店で、ノリでごまかして購入したグッズたちだった。 「あれとか」 「あれは」 俺は、胸を撫で下ろした。 「あれは、ただのエアサンドバッグじゃないか」 「なんで、サンドバッグがあんなかわいい格好してるわけよ?」 「むぅっ」 俺は、言葉に詰まった。 確かに。 普通の男は、サンドバッグにかわいい手づくりロリータファッションを着せたりはしないものなのかもしれない。 だが。 かわいいことは、いいことだ! 俺は、開き直った。 「かわいいモノ好きで、何が悪いんだ?」 「別に、悪くはないけど」 リリアンが溜息をつく。 「いい加減に認めちゃいなさいよ。その自分の中の乙男を」 「オトメン?」 「そうよ」 リリアンが言った。 「あたしが惹き付けられる程の乙女心の持ち主なのよ、あんたは!」 「乙女心?」 俺は、考えた。 俺は、乙女心を持っているのか? いや。 答えは、ノー、だ。 俺は、隙を見てリリアンを机の上の籠の中にあった毛糸でぐるぐる巻きにして、ベットの上に放置することにした。 「何するのよ、この、ケダモノ!」 リリアンの叫びを無視して、俺は、さらに、奴の体に10キロのダンベルを2個ほど、くくりつけて、部屋を後にした。 俺の名前は、伊崎 諭吉。 16歳の高校男子だ。 幼い頃に母をなくして以来、警察官の父に厳しく育てられた反動か、少し、かわいいモノに弱いというところ以外は、普通の男だと思っていたのだが、それが、つい、この間、変化してしまった。 幼なじみの友人に河原で犯されかけたところを助けてくれた不気味なおネエの妖精と ウッカリ、契約してしまったせいで、俺は、なんと、魔法少女の力を持つことになってしまった。 魔法少女? この俺が? 少し背は、低いが、柔道部のナンバー2である、この俺が? とんだ、お笑いだ。 放課後。 そんな事を考えながら、受け身の練習をしていた俺に、主将であり、この部のナンバー1である、龍堂寺先輩が声をかけてきた。 「どうした、伊崎!気合いが入っとらんぞ、気合いが!」 龍堂寺 保先輩は、俺のあこがれの人だ。 県大会2年連続個人の部、優勝。 団体戦でも、大将をつとめている人だ。 「オッス!先輩」 俺は、自分の頬を2、3発叩いて、気合いを入れた。 龍堂寺先輩は、俺の肩をぽん、と、叩いて言った。 「伊崎、お前には、期待してるぞ!この後、少し、話があるから、残るように」 「オッス!」 その日の夕方。 部室に残った俺に龍堂寺先輩は、ジュースをおごってくれた。 「飲め、伊崎。水分補給は、大事だぞ」 「オッス!先輩、ありがとうございます」 俺は、先輩に渡されたジュースをがぶっと、イッキ飲みした。 「ところで、龍堂寺先輩、何の用だったんすか?」 「ああ」 龍堂寺先輩は、言った。 「お前、最近、疲れてるみたいだったから、少し、マッサージでもしてやろうかと思っただけだ」 「先輩」 俺は、感激してしまった。 龍堂寺先輩は、俺にうなずいて見せた。 「さあ、道着を脱いで、ここに横になれ」 十数分後。 俺は、何か、嫌な予感に襲われていた。 先輩は、テーブルの上にうつむきに横たわった俺の体を揉みほぐしてくれていた。 だが。 何だか。 変。 先輩の息遣いが。 その。 何だか、荒い。 だんだん、手が俺のケツのまわりをなで回し始めているような気がして、俺は、たまらず、言った。 「せ、先輩、俺、もう」 「そうか」 何故か、先輩がいきなり、道着を脱いで、俺に覆い被さってきた。 「先輩?」 「大丈夫だ、伊崎、心配するな」 先輩は、息をあらげて、俺の体にすり寄りながら、耳元で囁いた。 「痛くしないから」 はい? もしかして、また、俺、貞操の危機? やばい! 「ちょっ、先輩」 俺は、なんとかして、先輩を押し退けようとした。 だが、身長差、30センチ、体重差、25キロの巨体が相手では、どうすることもできない。 しかも、相手は、寝技のプロだ。 俺が半ば諦めかけた時。 「ざまーないわね」 不意に、耳元で、リリアンの声が聞こえた。 「あたしをあんな酷い目にあわせた報いよ。やられてしまいなさい」 「お前は、戦闘妖精?」 俺にのしかかっている先輩の動きが止まった。 「先輩?」 「丁度いい機会だ」 先輩が俺から体を離して、リリアンに向かって手を伸ばし、奴をわしづかみにした。 リリアンが悲鳴をあげる。 「イヤー、助けてぇ」 俺は、すかさず、その隙に、逃げ出した。 「ウソ!信じられない!裏切者!」 リリアンの叫びが、背後から聞こえたが、俺は、かまわず走った。 許せ、リリアン。 さようなら、ありがとう。 無事に、成仏してくれ。 その時。 世界が暗黒に落ちた。 「これは?」 「逃がさんぞ、小僧」 俺は、その場で凍りついた。 恐る恐る振り向く。 そこには、巨大な黒い獣がいた。 「先輩!」 獣の額にはりつけられた龍堂寺先輩の半裸の姿に、俺は、遠浅に引いていた。 だが。 どんなことがあったにしても、龍堂寺先輩は、助けなくては、いけない。 俺は、敵に向かって、指環をかざした。 「エンゲージ!」 指環から光が溢れだす。 「エターナル キューティー チェンジアップ!」 俺は、服が分解され、全裸になった。 そして、次の瞬間、俺の体を光が包んだ。 光は、ふわふわのミニスカートに変わった。 俺は、前方の黒い獣を指差し叫んだ。 「あふれでる乙女心は、無限大!キューティーウォリアー!」 「き、貴様!」 黒い獣が言った。 「まさか、魔法乙女だったのか!」 「貴様を倒して、先輩を返してもらうぞ!」 俺は、言った。 すると、黒い獣が言った。 「何をしても無駄だ!それに、貴様には、さっき、この男が薬をもったはず。そろそろ、効き目があらわれるころだ」 低く笑う獣に、俺は、きいた。 「薬、だと?」 「そうだ」 クックッ、と笑って、獣は、言った。 「どんな不感症でも、感じずにはいられない、特別な媚薬をたっぷりとなぁ」 「何だと」 俺は、急に、体の変化を感じた。 これは。 俺の額を汗が流れ落ちた。 ヤバイ。 俺は、それを探して、目を泳がせた。 あった! 俺は、慌てて走り出した。 目的の場所。 それは。 トイレだった。 俺は、個室に入りカギをかけて、スパッツを下ろした。 そして。 「は、ぁっ」 俺は、便器に放尿した。 よかった。 間に合って。 俺がホッとしていると、耳元で、リリアンの声がした。 「感謝しなさいよ。あたしが、奴がおかしな薬を入れようとしてたから、別の薬にすり替えておいてあげたんだから」 「別の薬?」 放尿を終えた俺は、そそくさとスパッツを上げながらきいた。 「何だ、それ?」 「利尿剤よ」 「何だ、そうか」 俺は、リリアンと笑いあった。 そして。 俺は、リリアンをわしづかみにして、トイレにぶん投げて、水を流した。 今度こそ、成仏しろよ、リリアン。 その時、ノックの音がした。 「入ってます」 「あ、すみません」 俺は、深呼吸した。 そして、叫んだ。 「お前は、死ねや!」 俺は、キュートなポージングからハートのビームを発射した。 「ラブ ストリーム!」 ビームは、トイレのドアを破壊し、外にいた獣を直撃した。 「しびしび!」 獣は、消滅した。 「先輩、龍堂寺先輩」 俺は、先輩を抱き起こした。 先輩は、気がつくと、辺りを見回した。 そこは、柔道場の側の男子便所の中だった。 「どうして、俺は、こんなところに?」 「大丈夫ですか?」 俺は、心配そうに、声をかけた。 「練習後に部室で話していたら、急に、先輩が腹が痛いって言って、それで、トイレまできたところで倒れたんです」 「えっ?」 先輩は、不思議そうな顔をして、俺を見つめた。 そして、先輩は、笑った。 「大丈夫、大丈夫だ」 そう言って、立ち上がると、先輩は、明るく言った。 「俺は、便所をすませてから帰る。お前は、先に、帰れ、伊崎」 「オッス!」 俺は、帰路についた。 後は、決して、振り向かなかった。
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