4 二人は、キューティーバスター

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4 二人は、キューティーバスター

岡部の事件の後。 家に帰った俺を、満面の笑みを浮かべたリリアンが迎えた。 「おかえり、ユッキー。大人の階段、のぼっちゃった?」 俺は、無言でリリアンをわしづかみにすると、そのまま、自分の部屋へと向かった。 「放しなさいよ!」 「うるさい、黙れ!」 俺は、部屋へ戻ると、机の上の手芸用品入れの中から出した毛糸で、キイキイ騒いでいるリリアンをぐるぐる巻きにして、エアサンドバッグに縛りつけた。 「何するのよ!暴力反対よ!」 リリアンが言った。 「あっ、でも、そういうプレイなら、いいわよ。あたし、極上のMだから」 俺は、ほざくリリアンを無視して言った。 「答えろ!俺の他にも、魔法少女は、いるのか?」 「もちろん、いるわよ」 リリアンが答えた。 「たくさん」 「お前らは」 俺は、きいた。 「少女と偽って、男ばかりに女装させてるヘンタイ集団なのか?」 「バカ言わないで」 リリアンが言った。 「まあ、あんたのことは、特殊事例だけど、他の魔法少女は、みんな、乙女ばっかりよ」 「乙女?」 俺は、冷たく言った。 「嘘ばかり言うな!俺は、さっき、見たんだぞ。チャイナドレス姿の仮面の男を!」 「チャイナドレス?」 「ああ」 俺は、頷いた。 「お前が見捨てて逃げた俺を、そのヘンタイが助けてくれたんだ!」 「あら」 リリアンが残念そうに言った。 「なら、よかったじゃない。あんたのおケツは、今回も守られたわけでしょ」 「よくない」 俺は、怒りに震えて言った。 「あんなヘンタイを野放しにしておくわけにはいかない。公序良俗のために」 「知らないわよ」 リリアンが真顔で言った。 「ただの通りすがりの善良なヘンタイだったんじゃないの?」 「何が、善良な、だ」 俺は、サンドバッグを殴りつけた。 リリアンは、悲鳴をあげながら、ぶんぶん、振り回されていた。 俺は、少しだけ、気がはれるような気がした。 だが、奴には、甘い顔はできない。 俺は、いい放った。 「全部吐くまで、お前は、そうしてろ!」 「ええっ」 不満そうなリリアンに構わず、背を向けて、俺は、テレビをつけた。 「怪獣、です!」 テレビのアナウンサーが大声を上げた。 「突如、現れた黒い巨大な獣が街を横断して北へと進んでいます!」 「何だ?」 俺は、ヘリコプターからの映像をじっと見た。 黒い巨大な獣。 「夢魔だわ!」 リリアンが叫んだ。 「それも、とびきり強力なやつよ!」 「額に」 アナウンサーは、ヘリコプターの騒音に負けないように大声を張り上げた。 「少年がはりつけられています!」 アップになった顔を見て、俺は、声を上げた。 「見上だ!」 「あら、お知り合いなの?」 いつの間にか、縛られていた筈のリリアンが、俺の横で一緒にテレビを見ていた。 俺は、言った。 「クラスメート、だ」 見上は、クラスでも、目立たない奴だった。 そんな見上が有名になったのは、スキャンダルのせいだった。 見上は、不倫していた。 相手は、数学教師の村山だった。 村山は、去年、赴任してきた、若い男の教師で、なんたらいう俳優に似ているとかで、生徒から人気があった。 だが、俺は、奴を好きになれなかった。 なんか。 話すときの、べたべたしてくる感じが苦手だった。 村山には、新婚の嫁さんがいたらしいが、生徒に手を出していた。 しかも、男子生徒に。 噂では、放課後の教室で見上と事に及んでいたところを他の教師に発見されたらしい。 その時、村山は、言ったらしい。 「彼に、誘惑されたんです」 気の弱い、おとなしい見上が? 絶対に違うと、俺は、思った。 だが。 見上は、言った。 「僕が、誘ったんです。先生は、悪くない」 結局、見上は、停学。 村山は、学校から去っていった。 それからだった。 見上が、おかしくなったのは。 見上は、抱いてくれる男なら、誰でも誘うようになった。 あれから、半年程の間で、見上は、校内でも、有名な生徒になっていた。 公衆便所。 それが、奴の呼び名だった。 まさか。 夢魔にとりつかれていたとは。 「行くぞ!リリアン」 俺は、見上の元へと向かって家を飛び出した。 「でも、だいぶ、ここから距離があるわよ」 リリアンが言った。 俺は、無視して走り続けた。 見上を。 救ってやらなければ。 その時、背後から声がした。 「変身するんだ!キューティーウォリアー!」 振り向くと、そこには、仮面のヘンタイ、もとい、チャイナドレス姿の仮面の男がいた。 「キューティーファイター?」 「早く!」 「エンゲージ!」 俺は、変身の呪文を唱えた。 「エターナル キューティー チェンジアップ!」 俺は、光に包まれた。 ふわりとしたスカート姿になった俺は、キュートなポージングで叫んだ。 「あふれでる乙女心は、無限大!キューティーウォリアー!」 「ウォリアー、乗れ!」 チャイナドレス姿の仮面のヘンタイ、いや、キューティーファイターは、原チャリに乗って言った。 原チャリ? 俺は、この原チャリを知っていた。 「礼二郎のゴールド エクスペリエンス号じゃねえか」 「違う」 キューティーファイターは、言った。 「これは、ラブリーマシーン1号、だ」 「1号って、2号があるのかよ!」 俺が突っ込んだのを無視して、奴は、言った。 「早く、乗れ!ウォリアー」 俺は、仕方なく、奴の原チャリの後ろに股がった。 ファイターは、言った。 「しっかりつかまってろ!」 俺は、おざなりに、奴の体に手を回した。 奴は、すぐに、原チャリを発進させた。 走りながら、俺は、奴の耳元で叫んだ。 「お前、礼二郎、なんだろ?」 「違う。俺は、キューティーファイターだ 」 「本当のこと、言えよ」 俺が言うと、奴は、答えた。 「俺は、キューティーファイター!それ以上でも、それ以下でもない!」 俺は、少し、考えてから言った。 「本当のこと言ったら、キスさせてやってもいいぞ!」 「知らん!」 「2回」 俺の言葉に、奴は、迷いなく言った。 「礼二郎など、知らん!」 「3回」 俺は、言ったが、奴は、きっぱりと言った。 「違うわ!」 俺は、少し悩んだが、思いきって言った。 「5回、だ」 「俺の名は」 仮面の男が言った。 「レイジロー、だ」 「何、発音、変えてんだよ!」 俺は、後ろから、奴の頭を殴った。 礼二郎は、言った。 「やめろ!危ないだろ!」 「あっ、見えてきたぞ!」 俺は、前方の黒い影を指差して叫んだ。 「急げ!礼二郎」 「違う!キューティーファイター、だ」 礼二郎こと、キューティーファイターは、警察が前方をふさいでいるのを見て叫んだ。 「しっかりつかまれ!ウォリアー」 俺は、礼二郎にしがみついた。 俺たちは、警察の包囲をそのまま、突破して走り続けた。 すぐ近くに黒い獣が見えた。 獣から5メートルぐらいの距離をとって、礼二郎は、原チャリを止めた。 巨大だった。 というか。 でかすぎる! 10階建てのビルなみのでかさだった。 「こんなの、俺たちだけじゃ、無理だろ」 俺が言うと、俺の耳元で女の声がした。 「大丈夫よ。キューティーウォリアー」 「えっ?」 振り向いた俺の目の前に、ムチムチプリンな体をした、ちっさい女が浮いていた。 戦闘妖精? 「アニータ!」 追い付いてきたリリアンが叫んだ。 女は、ちっ、と、舌打ちした。 「生きてたのね、リリアン」 「そっちこそ」 2体の間に、静かな火花が散った。 「貴様らは、魔法乙女、か?」 黒い獣が、俺たちに気づいた。 しまった! 俺が思ったとき、アニータが言った。 「お互いのことを信頼しあっている、あなたたちなら、必ず、奴を倒せるわ!」 お互いのことを信頼しあっている? 俺は、礼二郎をじっと見た。 まさしく、ヘンタイ。 礼二郎が言った。 「アニータ、どうすればいい?」 「二人の気持ちを合わせて、合体技を出すのよ!」 「何だよ、それ?」 俺は、きいたが、礼二郎は、頷いた。 「わかった。任せろ」 「何を、任されてんだよ!」 俺が言ったとき、獣が、叫んだ。 「世界よ、闇に染まれ!」 周囲の風景が、闇に染まっていく。 「何者であれ、我々の邪魔をする者は、許さない!」 獣から影が伸びてきて、俺たちを飲み込んだ。 「プリティ ドラゴン クロウ!」 キューティーファイターの攻撃が炸裂し、俺たちは、何とか影から逃れることができた。 俺は、きいた。 「いったい、どうするんだ?こんな奴、とても、無理だぞ」 「集中して!」 アニータが叫んだ。 「お互いを信じて、心のままに、力を解放して!」 俺は、礼二郎を見た。 礼二郎は、黙って頷いた。 俺たちは、お互いの手を握りしめて目を閉じた。 次の瞬間。 二人の体を光が包み込んだ。 俺たちは、声を合わせて、叫んだ。 「闇を切り裂け!プリティ キューティー スピア!」 俺たちは、光となって空を飛び、獣を突き、裂いた。 獣が叫んだ。 「しびしび!」 俺たちは、気を失った見上を連れて原チャリで、その場を急いで離れた。 逃げる途中で変身を解いた俺たちは、一見、普通の男子高校生に見えた。 俺たちは、行きつけのハンバーガー屋の前で原チャリを止めて、歩道に見上を横たえた。 見上は、小さく呻いて、ゆっくりと、目を開いた。 「ここは?」 「もう、大丈夫だ。安心しろ、見上」 俺は、声をかけた。 見上は、俺と礼二郎をしばらく黙って見つめていたが、やがて、寂しそうに笑った。 「僕、ダメだったんだね。もう一度」 見上は、涙を浮かべて言った。 「僕、もう一度だけ、先生に会いたかったんだ」 僕たちは、何も、言葉をかけられなかった。 ただ。 俺は、しっかりと、見上を抱き締めて、言った。 「見上、もう、大丈夫だ。大丈夫」 「伊崎君」 見上は、声を上げて、俺にしがみついて、泣いた。 「キューティーバスター、初仕事、お疲れ様」 家への帰り路、ムチプリ妖精 アニータが、俺の頬におっぱいを押し付けながら言った。 柔らかい。 ほんわかしている俺を横目に、リリアンと礼二郎が声をあらげた。 「キィー、この、ハレンチ女!」 「やめろ!俺の諭吉を毒牙にかけるのは!」 「いや」 俺は、アニータを頭に乗っけたまま、言った。 「別に、俺は、かまわん。なんなら、チェンジしたいぐらいだ」 「諭吉ったら」 アニータが、俺をぎゅっとしてくる。 「かわいんだから」 「へへっ」 久しぶりに、俺は、少しだけ、幸せを感じていた。
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