完結!1ページ【呆れるほどの好き】極上短編!

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「な、帰る時は玄関まで壁ギリギリの場所を歩いて」 「は? なに?」 私は、一輝(いつき)の顔を見上げた。 一輝のマンションの中。リビングから玄関ドアまで細長い廊下が続いている。 「狭いから、言われなくてもどうしたって壁ギリギリじゃん。アホか」 高校の頃から、29歳の今日までいわゆる腐れ縁という感じで私と一輝は親友をやってきた。 一輝が突然、アホなことを言い出すのは毎度の事であり、今更驚かないが……。 ーーーやっぱり呆れる。 ため息をついて狭い廊下を歩き出してみる。 猛スピードで廊下を走り私を追い越してから、行く手を阻む様にして片腕を私の目の前に伸ばしてきた一輝。 私の斜め前に来た一輝は、 「ドーーン」と自分で言いながら私の目の前に腕を伸ばし、勢いよく手を壁についた。 驚いて一輝を見上げると、どうだ!やってやった!みたいな表情を見せた。 「どうだ?」 「はい? なに?」 「ユキがさ、前に言ってたじゃん。この前一緒にテレビ見てた時さ『私も壁ドンやられた〜い』って、だからやってみた」 ひと昔前に流行った『壁ドン』。 それに憧れたのは、やはりひと昔前な訳で。 今、それをやられてもひく。 それに…… 「あほか! どこの世界に『ドーーン』って自分で言うバカな男に壁ドンをやられたい女がいんのよ」 やり方が下手くそすぎる。 頭に来て、一輝のスネを足で蹴ってやった。 「いてーーーっ、なんだよ」 「だいたい、狭いのよ! 私を追い越すとき、少しぶつかってきたでしょ!」 スネをさすりながら、一輝がむくれた。 「しかたね〜だろ。狭いんだから。だから、壁ギリギリに歩けって頼んだだろ」 「壁ギリギリに歩けとか、あらかじめ言う所がありえないんじゃん。ああいうのは急にやるもんなんだから、キュンとするの! あほっ」 スネを押さえる一輝をよそに、私は買ったばかりの靴につま先を入れた。 スエード素材、小さなリボンのついたブーティーだ。 ーーー呆れる。 一輝は、結局何にもわかってない。 「あれ、それ新しい靴じゃん。また買ったのか?」 「またって何よ。私が何を買おうが関係ないじゃん。それよりさ、新しい靴のことをさ、今頃言うかなぁ〜。帰りじゃなくてさ、普通来た時気がつくよね?」 いつもこうだ。気が効かないトンマな一輝にムカついて文句ばかり言ってしまう。 母さんも言ってた。 『文句ばかりのあんたみたいな女と付き合っていける男は、きっと一輝くんくらいね』って。 だから、今日はオシャレをしてきたのだ。買ったばかりのブーティーも履いてきた。 少しは、可愛いと思われたかった。 ーーーまた、文句ばかり言ってしまったな。 自己嫌悪に陥りながらも帰る時ぐらいは笑顔を見せようと思った。 「…じゃ、帰るね」 玄関のドアの前で、振り返ってぎこちない笑顔で一輝を見た。 一輝が私を玄関のドアに押し付けるように立ち、ドアに手をガン! とついた。 ドアガンだ。 ーーー! マジ?! これって…… 目の前に一輝の二重でくっきりした瞳があった。 「俺だって、まじにやれば」 一輝の顔が、ますます近くになった。 「一輝……」 それでもドキドキしていた。 これ以上ないってくらいに。 いつも良い友達って関係だった。 お互いに彼氏彼女もいた時期もあった。 でも、わかってた。 いつも彼氏より一輝を優先した。 いつだって、わたしの中では一輝が大好きだったから。 今まで隠してたのに。 今まで、我慢してたのに。 こんな風にされたら、私の気持ちが一輝にバレてしまう。 「思いつきで、こうしてる訳じゃない」 私に向き合って、真剣な顔した一輝がいる。 「ずっと、考えてた。どうしたら、友達関係から卒業できるだろうって。きっかけがつかめなくて」 ーーー卒業? きっかけ? それって、一輝……。 「ユキ」 一輝の鼻先が私の頰に触れ、唇が静かに重なる直前に囁くように言われた。 「…好き」 重ねられた唇は、なんともいえず ……愛しかった。 だんだんと深くなるキスに玄関ドアのノブにかかっていた私の手が、ついノブを押してしまっていた。 カチャッと開いてしまった玄関ドア。 当然、もたれかかってキスをしていた私たちは、キスしたまま倒れそうになりながら外へ出てしまっていた。 「「!」」 丁度、隣の部屋に住むおばさんがネコを抱えドアを開けて、中に入るところだった。 「……お盛んだこと……」 おばさんからは、蔑んだような視線を浴びせらた。 会釈して気まずい空気の中、慌てて中へ入った。 「あほ!こんな所でへんなことしないでよね!」 「ユキがドアなんか開けるから」 「わざとじゃないもん!」 「わかってるよ。そんな怒るなよ。でもさ」 「え?」 「俺の壁ドンどうだった? やればできただろ?」 ニヤつく一輝。 ーーー呆れた。正確にはドアドン!だった。 「なあ、夕飯さ、ユキがいてくれるなら鍋にするけど」 私が新しいブーティーをまた脱いで、上がってくると思っているらしい。 部屋へ戻るつもりなのか廊下を先に歩いていく一輝。 ーーー呆れる。 突然の下手な壁ドン。 死語だし。 世間は、その存在も忘れてるよ。 急な友達卒業宣言のあとで、キスされて、挙句に隣のおばさんに見られたのだ。 途方にくれる私を放って、一輝は何なの? 廊下を歩き出した一輝が、振り向いて私を見る。 戻ってきて、私の手を掴む。 「ごめん。ユキの気持ち聞いてなかったな」 ーーー私の気持ち、そう今、私は色んな意味で…… 「恥ずかしい!」 「え? ああ、隣のおばさん? 大丈夫だよ。お盛んなのは、夜中にやたらうるさいおばさんの猫の方だから」 手をひかれてから、仕方なくてブーティーを脱いだ。 「なにそれ」 「さかり。猫がさかりついてんだよ。こんな寒い時期にさ。普通ないよな?」 その話を聞いて、なんだか心配になった。 ーーーまさか、一輝も最近彼女がいないからって、一時的な気の迷いで……今だけ、さかりがついてたりして。 「あ、なんかお前……俺と猫を一緒に考えてるだろ?」 ーーーなんで考えてた事が、わかったんだろ。 「言っとくけどな。盛りついて夜中鳴くのは、メスだからな」 「え、そうなの? オスは、いつさかるの?」 「基本、メスに合わせるみたいだな。うん」 ーーー呆れた。いつから猫に詳しくなったわけ? メスに合わせる? それって、もしかして遠回しに私に合わせたって言いたいの? 全く、呆れる。 知らなそうなのに、実は知っていたり…… もしかしたら、私の気持ちも? 全て知っていたりとかするのかも。 私は、繋いでいる一輝の手を強めに握った。 きっと、一輝は、これからも私を大いに呆れさせてくれるだろう。でも、それも仕方がない。 だって、そんな一輝を私は 呆れるほど好きなのだから。 ※*・:*:`♪:*:。*・☆*fin*・:*:`♪:*:。*・ fin
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