恋人としての時間

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恋人としての時間

※最終話の続きです。 謙吾は緊張していた。身体を預けているシートは高級感が溢れていて、快適なはずなのに身体に力が入る。 隣に座るエヴァンに視線を移す。彼はとろけそうなほど甘い視線をこちらに向けながら、手を握ってきた。 「緊張してるのか?」 「うん……運転手付きの高級車なんて、はじめて乗った……」 ぎこちなく手を握り返す。 謙吾とは反対に、エヴァンはリラックスしている。 「本当に行っていいの?俺、何も用意してないけど」 謙吾は不安そうに眉を下げる。 二人はエヴァンの別荘に向かっていた。「離れたくない。日本にいる間は一緒に過ごしたい」とエヴァンが言ってくれたのは嬉しかったが、泊まる準備をしていない。 「大丈夫だ。実は、ケンを誘うつもりでいたから、ケンの服や生活用品は別荘に用意してある」 「えっ」 驚いて目を見開く。 エヴァンは握っている手を口元に持っていき、手の甲へ唇を落とした。 「ケンと一秒も離れたくない」 手の甲に熱い吐息が触れる。柔らかな表情の奥に、何がなんでもそうしたい、という強い意志がうかがえた。 「少し悪い気もするけど……俺も、一緒にいられるのは嬉しい」 本心を伝えると、エヴァンは花が咲くように笑った。ちゅっ、ともう一度口付けて手を元の位置に戻す。 謙吾は顔を赤くしながら、今の会話を聞かれていないかと気になり、運転席をちらりと見る。 運転席とこちら側はガラスで仕切られている。エヴァンが言うには、運転手に声が聞こえないようになっているらしい。 謙吾ははじめて乗るため、どうしても運転手を意識してしまう。 「俺たちのことだが」 真剣な声がして、視線をエヴァンに戻した。 「本当は今すぐにでも恋人ができたことを公表したい。でも、ケンの名前を伏せたとしても、きっと今以上にこっそり会うことになると思う」 あの俳優エヴァンに恋人ができた。それを公表したらどうなるかは、簡単に想像できた。 「だから、ケンが大学を卒業するまでは隠そうと思う。卒業した後は、できればケンの名前も出して、付き合っていることを公表したい」 はっとした。つまりそれは、俳優エヴァンの恋人として、注目される立場になるということだ。 「でも、エヴァンはいいの?同性だと何か言う人もいるかもしれないし……」 「そういう奴のことは気にしないさ。公表すれば、隠れる必要はなくなる。いつでもどこでもケンと一緒にいられる」 「もちろん、ケンが嫌じゃなければだが」とエヴァンは続けた。 俺と付き合っていると公表した結果、エヴァンが何か言われてしまうのは嫌だけど、重要なのは俺とエヴァンの気持ちだと、彼と接するうちにわかった。だから首を縦に振る。 「嫌じゃないよ」 「よかった……。ありがとう」 真剣だった顔に喜びが浮かぶ。 いつもこちらの気持ちを考えてくれるエヴァンの優しさに、胸が温かくなった。 *** エヴァンの別荘がある場所は、静かなところだった。 別荘が集まった土地に入るには、管理会社のゲートを通るため、誰でも入れる場所ではない。 同じような建物が並ぶというよりも、形や雰囲気が違う建物が、広い道を挟んで並んでいる。 その中のひとつの前で車を降りた。 車はすぐに移動するわけでもなく、そのまま停車している。 立派な家だった。庭が広く、建物は大きい。まさに豪邸で、「すごい……」と感嘆の声が出る。 エヴァンは目の前の家に指を向けた。 「一応ここに必要な物はそろえたんだが、他の建物のほうがいいか?他が気になるようなら、車で一つずつ見て回ろう」
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