選挙戦初日

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街宣車は、緩やかに進んでいた。 少しずつ要領を掴んできた智樹も、ようやく余裕が出てきた。 というか、司がいないことはもちろん不安なのだが、それよりも横からうるさく突っ込まれない分、落ち着いていられるような気がする。 (そう言えば、司さんは……) 信号で止まった時に空席の隣を見てみると、シートの端に、歪んだ楕円形のこけしのようなものが落ちているのに気が付いた。 (? 何だろう) 木製のそれをひっくり返すと、くすんだサーモンピンクの古めかしい花柄のスカーフを首に巻いた、アンティークぽい絵柄の女の子が描かれてある。 持ち上げてみると、それはずるずると、黒いスマートフォンを引き上げた。 (えっ、ストラップなの? でかっ) どうやら座席のドア側に落ちかけていたのを、そのそストラップの人形が支えていたらしい。 (この人形、知ってる。外国の、えーと……) 信号が変わり、とりあえずスマートフォンを座席に置いて、アナウンスを再開する。 だが、数分もしないうちに市立病院が視界に入り、智樹はマイクのスイッチを切った。 通り過ぎるのを待っていると、車はそのまま市立病院の角を曲がり裏口へと向かって行く。 (?) やがて、病院の裏口から少し離れた場所の路肩に停車すると、ハザードランプが点灯した。 助手席の千春が、智樹を振り返る。 「ここで、司くんを待ちますので」 「司さん?」 「はい。今、高山のところに行っています。じきに戻ると思います」 そう言えば、お昼に千春と交代した時、司は病院へ行くと言っていた。 (お兄さんのお見舞いに行ってたんだ……昨夜、あんなに心配してたもんな) 「高山の入院中は、必ず毎日、面会時間を1時間取ることが、条件の1つでしたので」 「えっ、条件?」 「はい。病院の面会時間は朝10時から夜8時までで、こちらとかぶりますので、昨夜の説得はちょっと手こずりました。司くんに、改めて条件を出されました」 「………」 確かに、昨夜あんなに嫌がっていた司をよく説得できたと思っていたが、そんな条件を出していたのかと納得する。 「あの、条件の1つ、ってことは、他にもあるんですか?」 「ええ、まぁ。もう1つ、ありましたが……」 千春が、ちらりと智樹を見る。 「?」 千春の視線はそのまま智樹を通り越して、病院の裏口へと向けられた。 「ーーー来ました」 智樹もつられて振り返ると、午前中とは打って変わって、にこにこと上機嫌な司がこちらへ駆けてきた。
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