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選挙戦初日
◆
選挙戦初日は、快晴だった。
昨夜は、渡されたカラス原稿を夜遅くまで見ていたので、若干太陽が目に滲みる。
千春からメッセージアプリで『原稿を一通り読んでおくように、後は実地で指導します』と連絡が来たのは、家まで送ってくれた岳志と別れてすぐのことだった。
「あー、あー。んんっ」
声を出してみて、喉は大丈夫だと確認する。
昨夜、自室で声を出して原稿を読んでいると、母が顔を覗かせた。
『何あんた、ウグイスするの?』
『カラスって言うらしいよ。する筈の人が盲腸で入院しちゃって、頼まれたんだ』
どうせバレることだと思い、先に言っておくと、母は露骨に嫌な顔をした。
『もう、あんまり目立つことしないでちょうだいよ。紀子に合わせる顔がないじゃない』
ぶつぶつ言いながら扉を閉めた母に、肩を竦める。
母の話では、圭志は貴船陣営で街宣車のドライバーもするらしい。
どうせなら同じ候補の応援に一緒に入りたかったが、今回は圭志とは敵同士、ということになる。初めて圭志と敵対することに不思議な気持ちになりながらも、智樹は原稿に目を通したのだった。
眠い目を擦りつつ駅から歩いてきた智樹は、事務所に到着すると一気に眠気が吹き飛んだ。
(嘘っ、テレビカメラが来てる!)
昨日より花が増えて格段に華やかになった事務所の中と外に、数台のテレビカメラが設置されている。
それに、やたらと人が多い。テレビ関係のスタッフなのか、マスコミの人なのか、たくさんの人が立ち動いている。
その中に、パイプ椅子に優雅に脚を組んで腰掛けている、ポニーテールの後ろ姿があった。
(あ……青山さん、説得成功したんだ)
「智樹くん、おはようございます」
智樹の姿を見つけて、千春が青いウィンドパーカーを手に、近づいて来た。
「おはようございます。すごいですね、カメラ……」
戸惑う智樹に、千春がパーカーを渡す。
「ええ、思ったより数が増えてしまいました。外は通行の妨げになるので、最小限にしてもらったんですが……これ、着てください」
京極陣営のイメージカラーは、青らしい。事務所スタッフは全員、同一の青のパーカーを着用していて、他のスタッフとはそれで区別がつくようだった。
千春も、ネクタイの上にパーカーを羽織っている。
ちなみに、貴船陣営のイメージカラーは、赤なんだそうだ。
智樹も、着てきたジャケットを脱いでTシャツの上に渡されたパーカーを羽織る。
腕を通しながらふと見ると、ちょうど立ち上がった司と目が合った。
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