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高校で知り合った彼は、夜空を見上げることが多かった。
第一印象が粗雑な人だったから、その姿は妙に印象に残っている。
「いつも何を見ているの?」
ある日の帰り道、わたしは彼に訊ねた。
彼は少し照れくさそうに「月だ」と答えた。
「実は月に彼女がいるんだよ。中学卒業を機に、親の都合で引っ越したんだけどさ」
彼は月にいる恋人と超遠距離恋愛をしていた。
それで月を見上げるのが癖になってしまったのだという。
「遠距離恋愛を歌った歌でさ、『同じ空の下にいる』とか『同じ月を見ているだろう』とか歌詞にあるけど、もう古いよな」
ひとり言のように彼は言った。
「だって同じ空の下にいないし、同じ月も見られないじゃん」
月に人が住むようになって十数年。
その時代やその人の境遇によって言葉の響き方は変わっていくのだと、わたしは知った。
そういうわたしにも、絶対に口にできない言葉ができた。
「月がきれいですね」
月を見上げる彼の姿を、わたしはずっと横で見ていた。
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