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一人ぼっちの男子
「ん。これ。昨日の仕返し……じゃない、お返し」
「……なにこれ」
「ポッキー。お前がくれたヤツと同じヤツがちょうど10本ある。これで10倍返しだよな?」
「は?」
「だから! 昨日お前、俺にポッキー1本渡したろ? 義理だけど、10倍返ししてねって言いながら!」
「確かに言ったけど」
「それだよ」
「いや、ちょっと何言ってるのか分かんない」
ある日のお昼休み、教室の隅で繰り広げられる漫才のようなやりとりにそっと耳を傾けながら、私はクスリと微笑んだ。
「分かれよ! お前がくれたポッキーと同じ種類のやつが、ちょうど10本あるんだ! これで十倍返しじゃないか!!」
「はぁ!? 十倍返しってそーいうことじゃないんだけど!?」
「残念だったな、手作りじゃないチョコは原価が丸わかりだから、こうやって簡単に十倍返しされちゃうんだよ! なんだ、もっといいものもらえると思ったか?」
「信じらんない! つーかバレンタインデーの翌日にお返しとかないでしょ普通!」
「ホワイトデーまで待つ価値もねーだろ!」
「もぉいいし! サイテー!」
「ポッキー1本で義理って言い張るお前はどうなんだ!?」
たった今女子のクラスメイトに愛想尽かされた男の子の名前は、篠原拓哉くん。どうやら、昨日のバレンタインデーで貰ったポッキーのお返しをしてたみたい。第三者からしてみればどっちもどっちだけど、篠原くんのその発想には笑ってしまう。確かに10倍返しにはなってるから、私だったら文句は言わない……かな?
彼はいつも一人だった。お昼ご飯も一人で食べていたし、休み時間はだいたい一人で寝ている。あまり友達と絡んでいる姿を見ないから、そもそも友達が少ないのかもしれない。私の憶測だけど。
かくいう私も、人のことをどうこう言える立場じゃない。お昼は一人で食べるし、休み時間はこうして……一人で小説を読んでいる。女友達はそこそこいるけれど、異性となると交友関係は無いと言っていい。
さっきの女の子に見事振られた篠原くんは、ふらふらと無表情のまま自分の机まで歩いてゆき、どかっと座った。もしかして、わざと人を遠ざけてるのかな? ……そう思うときもある。
そんな彼の見た目は、はっきり言って普通。背は百七十cmくらいで痩せても太ってもいなくて、平均的な顔つきと、これまた平均的な高校生らしい髪型をしている。ただあまり笑うことがなくて、いつも無愛想にむすっとしている感じかな。笑顔でいれば、もう少しモテそうなんだけど。
ふと、教室に掛けてある時計を見た私は、一度トイレに行っておこうと席を立った。あと10分くらいあるから、ぜんぜん間に合うよね。読んでいた小説にしおりを差し込んで、ぱたぱたとトイレに向かって走る。小説に夢中になりすぎて、トイレに行き忘れるところだった。
「……はぁ」
用を済ませ、手を洗いながら鏡を見る私。そこに映し出された顔を眺めながら、思わず深いため息をついてしまった。
「やっぱり、色気がないのかな……」
本当に、私は地味な容姿をしている。大きな黒縁のメガネに手入れをしていない眉毛、揃った前髪、後ろで一本に束ねてある三つ編み……。ここだけ時代が止まっているんじゃないかって、自分でも思うくらい。
高校デビューしたら、こんな格好は卒業しようって決めていた。だけど、いざオシャレをしようとしても、いったいどんな事をすればいいのか全然分からなくて。友達に流行の雑誌を貸してもらったり、意見を聞いてみたりもしたけど、どれもとても真似できそうになかった。
眉をいじったら校則違反らしいし、ずっと伸ばしてきたこの髪をバッサリ切る勇気もなくて、あれもできない、これも無理……なんて言っていたら、友達も「それじゃあどうにもできないよ!」って呆れ果てちゃたんだよね。そりゃそうか。
結局、私としては今のままが一番落ち着くし、一番安心するんだけど、男の子にとって「すごくダサい」ことは間違いない。中学の時なんて、「ジミ子」ってあだ名をつけられた挙げ句、罰ゲームで告白される始末。
本当に酷い。最初に告白されたとき、私はとっても嬉しかったのに……。純粋無垢な思春期の女の子をからかって、一体何が楽しいんだろう。
「もう、恋なんてできないのかもしれない……」
私はぼそっと独り言を呟いて、トイレを後にした。
……仮に、今男の子が告白してくれたとしても、きっと心から喜べない。自分が傷つきたくなくて、断ってしまうかもしれない。だって、罰ゲーム以外のちゃんとした告白を、男の子がしてくれるとは思えないもの。こんな私なんかに……。
「くっそ、なんで俺がこんなもの……!」
教室へ帰ろうと廊下を歩いていたら、さっきの篠原くんがなにやらでっかい段ボールを担いで唸っていた。すごく重そうだったので、私も彼のもとへと駆け寄る。
「だ……大丈夫?」
「えっ、だれ?」
反射的に駆け寄ってしまったけれど、そういえば私、篠原くんと話したことなんてない。どうしたらいいかパニックになり、考えも無しに彼と向かい合う形で段ボールを持ってしまった。お互いの顔は、段ボールの陰になって見ることができない。
「理々だよ、磯本理々! 同じクラスの!」
「いそ……もと……?」
「うそぉ、もう入学して一年近く経つのに、覚えてくれてないの!?」
「あ、いや、そんなことないけど……」
本当に悲しくなる。いくら地味だって、そろそろ高校二年生になるわけだし……。声くらい覚えてくれたっていいじゃん……。
「お前、あんまり喋んねーから、声だけじゃわかんないんだよ!」
ガッカリしたのもつかの間、篠原くんに至極もっともなことを指摘されて、一瞬で納得してしまった。確かに私、普段喋ってないかも。そっか、それなら仕方ないね。
「これ、どこまで運ぶの?」
すぐ終わると思っていた私は、ぷるぷる震える手足をなんとか抑えつけながら、なるべく涼しく尋ねた。はっきり言って、女子高生が手伝っていい重さじゃない。でも、一度協力してしまったことを途中で投げ出すのは、私のモラルに反する。乗りかけた船には、最後まで乗らねば!
「地学準備室まで!」
「ちが……ふぇぇえっ!?」
げげっ、すっごく遠い! あーん、手伝うんじゃなかったよー!
「無理ならいいって。俺一人でも行けるから!」
「無理じゃないもん! 篠原くんこそ、一人で無理しちゃ駄目だよ!」
「俺は別に……。てか、さっきから俺の手の上に磯本の手が乗っかってるんだけど! むずむずするから、位置変えてくんないか!?」
「うわわ、ごめんっ!!」
「バカ、急に手ぇ離すなって!」
安易に行動してしまったことは少しだけ後悔したけど、篠原くんとお話できたから、まぁいいか。
……こんな感じで、私の高校生活は時を刻んでいった。
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