第二話 夢見の館

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「ぶはっ、オマエなー、失礼すぎんだろ。後輩の女子が丑の刻参りしてる夢とか、ふつうそんなもん見るかよ」  膝を叩いて豪快に笑い声をあげる陽平を、光季は猫目でじろりと睨んだ。 「笑いすぎだぞ、陽平」 「いやー、笑いバナシだろこれ。怖い夢じゃねーよ」 「おれは怖かったんだよ」 「まあ、女怖えーってとこか。悪夢ねぇ、オレはあんま見ねぇかも」 「お前、能天気な夢ばっか見てそうだもんな。バスケしてる夢とか、サッカーしてる夢とか、野球してる夢とか」 「なんだそりゃ。オマエのなかのオレってなに?アスリートかなんかかよ。あくまでずっとスポーツしているイメージか」 「そんな感じだろ、どうせ。それとも、変な夢も見るのか?」 「そうだな、工作員かなんかになっててゲリラ戦してる夢とか、スパイみたいに豪邸に忍び込む夢とか見たぜ。それはさておき、最近、どっかでオレも妙な夢のハナシ聞いたぜ。なんか怖い系のヤバそうなヤツ」 「ふうん。どんな?」 「いや、内容までは知らねえ。誰かが話してんのをチラッと聞いただけだし」  尻切れの情報かよ。怖い夢なんて知りたくもないからべつに構わないが、中途半端なのは気持ち悪い。  光季は気分転換に、フェンスに腕を乗せて眼下を見下ろした。 校庭から賑やかな声が聞こえている。なにもかも焦がすような陽射しの中、男子生徒たちがサッカーボールを追いかけたり、野球に励んだりしている。 「このクソあっついのにグランド走り回るとか、狂気の沙汰だな」 「そりゃ体力不足のオマエにとってはな。オレは暑い中走り回るのも好きだぜ。動いてたら暑さなんて気にならねーよ」 「陽平は体力馬鹿だもんな。おれのことは気にせず、おまえも走って来ていいんだぞ」 「やめとくわ。オマエと喋ってる方が楽しいし」 「そりゃどーも。まあ、おれもおまえといるのが一番楽しいけどな」  光季はフェンスから離れて、給水塔の影に移動して壁に凭れて腰を降ろした。陽平も同じように隣に腰かける。  弁当を食べ終わって他愛もない会話を交わしていると、屋上に足音が近付いてきた。  基本的に屋上は立入禁止で、めったに誰も来ない。 一年中ほどよく静かで、夏は影にいれば風が通って涼しく、冬は日向にいればポカポカと温かいので、光季と陽平はよく溜まり場にしている。 時々、女子生徒におっかけまわされてウンザリした京弥もやってきたりする。  今日も、女子にたかられて逃げてきた京弥がやってきたのだろう。そう予想していたが外れた。意外なお客さんが現れた。 「陽平、光季も。やっぱりここにいたんだね」  銀色のサラサラの髪を風に靡かせ、沙奈が微笑む。いつも明るい笑顔に、今日はどこか影が差していた。 「よう、白藤。陽平に用事か?おれ、外した方がいい?」 「ううん。光季も居て。二人にちょっと相談っていうか、聞いてほしいことがあって」  立ったまま話し始めた沙奈に倣い、光季も陽平も腰を上げた。 「なんだよ、沙奈。オマエがオレらに相談とか珍しいじゃん。なんかあったのかよ?」 「うん。昨日ね、テストが終わって久しぶりにダンス教室に顔を出したの」  沙奈は学校ではバスケ部員レギュラーとして部活に励む一方、週に一度、社交ダンスを習っている。 小学校三年生の時に友達に貸してもらったマンガを読んで感化され、ヒラヒラと舞うダンサーに憧れて習い始めたそうだ。 「ダンス教室で仲がいい別の学校の子で海って子がいるんだけど、その子はプロのダンサーを目指していて、テスト前でも風邪気味でも一度も教室を休まない子なの。でも、その子が二週間前ぐらいからずっと来てないらしいの。海と同じ学校の加奈美が言うにはね、海は夢に呪われて、眠ったまま目覚めなくなっちゃったそうなの」 「夢に呪われる?なんだそりゃ」  陽平が思い切り眉を顰めて説明を求めるように沙奈を見る。光季も彼女の言葉の意味がさっぱりわからず、首を傾げた。  沙奈は困ったように眉を八の字に下げる。 「私もね、よくわからないの。海と加奈美の学校で伝染夢っていうのが流行っていて、その夢を見ると起きられなくなっちゃうとか、そういう話」 「ホラーだな。夏だし、そういう話の一つや二つ、流行ってても可笑しくないよな。でも、海って子が起きないのとその怖い話が本当に関係あるわけじゃないだろ。なあ、陽平」 「そうだな。オレも去年、見ると呪われるって画像がバスケ部のヤツの間で流行ってて、その画像がスマホに送られてきて見たけど、なんともなかったぜ」 「そうだよね。私もそう思う。だけどね、加奈美はすごく深刻に悩んでいて、話を聞いてもらいたがっているの。それで今日、放課後に海と加奈美が通う学園に行く約束をしちゃったんだけど、一人で話を聞くのはなんか怖くて」 「あー、なるほどな。そんでオレを連れてこうって算段だな」  察しの良い陽平が先回りして言うと、沙奈は申し訳なさそうな顔で不安げに尋ねた。 「ダメかな。おねがい、陽平。私一人じゃ怖いもん。ついてきて」 「ダメなんて言ってねーだろ。いいぜ、行ってやるよ。光季はどうする?ヤバい話の可能性もゼロじゃねーし、無理してこなくていいぜ」 「行く。今日、暇だしな。なんか気になるし」 「二人ともありがとう。じゃあ、学校が終わったら一緒に星崎学園にきてね」 「了解」  サムスアップした光季と陽平を見て、沙奈がほっとしたように笑った。
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