第四話 黄泉がえり

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第四話 黄泉がえり

もうそろそろ夏休みが近付いている。暑い中登校せずに済むまで両手の指で数えられるぐらいとなった。 「夏休み、陽平は予定あるのか?」 「部活ぐらいだな。オレん家、父ちゃんも母ちゃんも働いてて、家族旅行とかしねーし。そういう光季は、予定あんのかよ?」 「特にない。姉ちゃんの一周忌以外は家でゴロゴロする。母さんは家族旅行したがってるけど、初盆だしどうなのかなって父さんが渋ってる。おれも別に行きたくないし」 「そっか。オレが部活ない時間はいっぱい遊べるな。川とか海行こうぜ」 「いいなぁ海。内陸県だけど、電車乗ったら行けるもんな」 「プールもいいよな。スライダーとかあるでけぇプールも行こうぜ」  楽しそうに言いながら、陽平が弁当を広げた。 いつも食べているコンビニ弁当やおにぎりやパンではなく、珍しく可愛らしいブルーのランチボックスだ。 中身はロール状の一口サンドに、唐揚げとプチトマトなどのちょっとしたおかずと華やかだ。 「今日の弁当、なんか気合いはいってんなー。おまえの母ちゃん、フルタイム勤務だから弁当は作んない主義じゃなかったっけ?」 「そうだぜ。こんなカワイイ弁当、うちのガサツな母ちゃんが作るワケねーじゃん。これは隣のお節介が作って持ってきたんだよ」 「ああ、白藤か。いかにもそれっぽいな。羨ましいやつだな、おまえ」 「そうか?別になんとも思わねーけど」 「それ、クラスの男共が聞いたらキレるぞ。あんな可愛い子に尽くされてなんとも思わねーなんて、それでも男かってな」 「あー、そうかもなぁ。でも残念。オレは沙奈のこと、別に女として意識したことねーんだわ。なんかもう兄弟って感じでよ。向こうだってオレのこと、弟かなんかだと思ってんじゃね?」  スモークサーモンのロールサンドを咀嚼しながら、陽平がそっけなく言う。 はたして本当にそうだろうか。沙奈は陽平を好いている気がする。鋭い陽平がそれに気付いていないはずはないが、敢えて触れないのは仮に沙奈が陽平を好きだったとしても、彼がそれに応える気がないからだろう。 陽平は大雑把そうに見えて女子に親切なところがあるが、あまり興味がない。 そして自分も女子を可愛いと思うが、恋愛には興味がない。 お互い、彼女がいない歴を更新中なのだ。いや、陽平の場合言わないだけで、案外彼女がいたりするかもしれない。 ぼんやり考えこんでいる光季の顔を、三日月のように細められた陽平の紫黒色の瞳が覗き込んだ。 「なあ光季、暑さも吹き飛ぶような話、してやろうか?」   興味の幅が広い男子中学生の会話はあっちこっちに飛躍するものだ。夏休みの予定に、弁当の話、恋愛関係の話の次はホラーときた。 「なんだよ、怪談の季節だからってのっとらなくていいからな。おれ、別にホラー好きじゃねぇもん。お腹いっぱいってかんじなとこあるしな」 「まあまあ。昨日、同じバスケ部の森田に聞いた話だ。森田の友達の兄貴の恋人、仮に花子にするけど、花子の妹は去年行方不明になってから帰ってきてないそうだ。この町じゃ行方不明もそう珍しくない。神隠しにあったんだって、家族全員、妹が無事に帰ってくることを諦めていた。だけど、一週間ぐらい前の夜中、不思議なことが起きたんだよな」  陽平の紫黒色の瞳が怪しい色を放った。口元はにやりと笑んでいるのに目は笑っていない。ぞっとする表情に光季は密かに小さく震える。 「その夜は、激しい雨が降っていた。まるで世界に誰もいないような人気のない夜、窓や屋根を叩く雨の音だけが響いている。花子はなんとなく怖くなって、早めに布団にはいったそうだ。深い眠りに落ちた頃合い、トントン、と窓を叩く音がした。花子の部屋は二階で、窓を叩くなんて芸当、普通の人間にはできない。花子は怖くなって、頭から布団を被った。聞こえないふりを続けたが、音は止まない。激しさを増すばかりだ。そのうち、声まで聞こえてくるようになった。それは妹の声だった」  光季は妖怪や幽霊を見たり、時々巻き込まれたりして怖いことには慣れっこだけど、怖い話が得意ではない。  前に沙奈が妖怪が出るというニュースについて話した時に、妖怪なんて出ないと言ったし、その時はそう信じていた。  いや、信じたかったのだ。幼い頃繰り返し見てきた怪異は、妖怪でも幽霊でもなく、アニミズムの強い子供心が見えた幻だと。 だけど、最近また何度も妖怪や幽霊を目撃するようになって、そういうわけにはいかなくなった。  はっきり言って、妖怪や幽霊は存在する。そして、六堂市には頻繁にそういった物による怪異が引き起こされている。 だからこそ、明らかに作り話だろう怪談でさえも真剣に聞けば怖くなる。 そうわかっていながらも、陽平の声に惹きこまれて、つい話に集中していた。頭の中に陽平が語った情景が浮かぶ。 「いなくなったはずの妹が二階の窓を叩いている。怖いけど、花子は声に耳を傾けずにはいられなかった。妹は『開けて、お姉ちゃん』と悲しげな声で叫ぶ。花子はとうとう耐えられなくなって、布団から飛び出してカーテンを開けた。だけど、そこには誰もいない。花子は窓を開けた。すると、目の前にぬっと妹が現れたんだ。妹は変わり果てた姿だった。昆虫みてーな真っ黒の瞳、にやりと開いた口からは牙が覗いていた。妹は目を細めて笑うと、そのまま茫然とする花子を頭から食っちまったそうだ」  背筋がぞっとした。思わず光季は自分を抱き締める。 その反応に陽平の目尻が下がったのを見て、光季はむっとした顔を作り、腕を組んでふんぞり返った。 「なんだよ、その話。妹を見た花子が食われたってんなら、誰がその話を伝えたんだよ。それ、森田の作り話じゃねーの?」 「さあな。森田はマジだとか言ってたぜ。ガセかはさておき、けっこー怖かっただろ?」 「怖くねーよ、そんな定番のネタ」 「ホントか?けっこうビビってたじゃん」 「ビビってねーよ」  陽平とくだらない言い争いをしていると、屋上のドアが大きく音を立てて開いた。
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