第二話 夢見の館

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第二話 夢見の館

眩い光が差し込んでくる。朝が来たようだ。  光季は大きく息を吸い込んで、ベッドから飛びあがるように起きた。普段は寝汗なんてあまり掻かないのに、額や背中にじっとりと汗を掻いていた。 昨夜は熱帯夜だったけれどそのせいだけではなさそうだ。首筋や背中がヒンヤリとしている。寝汗じゃない、冷や汗だ。 「あー、最悪の夢だ」  光季は大きく溜息を吐いた。胸が痛い気がするのは、きっと夢のせいだ。  夢の中で、光季は真夜中ふらふらと近所を歩き回っていた。 初めは普通の道をひたすらぼんやり歩いていたのだけど、そのうち足が妙な場所に向かって勝手に進みだした。  坂道の上にある墓場が青白く光っている。その光に誘われるように、急な坂を登って墓地の敷地に足を踏み入れた。  夢の中の自分はそのことに恐怖を抱いていなかった。墓と墓の間の狭い砂利道をずんずんと進んでいき、墓の最果てに辿り着く。 その向こうは見たことがない深い森が広がっていた。 森の奥から、啄木鳥が幹を突く音が聞こえてくる。  夜に鳥。不思議に思い、光季は森の中に入っていく。  木々の間から、鳥居が見えた。ここは鎮守の森だろうか。ずいぶんと神聖な場所に足を踏み入れてしまった。  なんとなく、光季は腕を見る。 いつの間に買ったのか、真新しい腕時計をしていた。 時計の針が示しているのは二と十二。ちょうど丑三つ時だ。  啄木鳥が木を穿つ音が次第に大きくなりはじめる。これは啄木鳥の音ではない。 そもそも夜に啄木鳥なんて可笑しいと思ったのだ。 いや、フクロウは鳥だけど夜行性であることを考えると、夜行性の啄木鳥もいるのかもしれない。 でも確実に、この音は鳥が出すようなかわいらしい音じゃない。 コン、コン、コンと短いスパンで鳴っていた音が、カーン、カーン、カーンと間隔が長いものに変化する。 闇に眼を凝らすと、うっすらとオレンジの光が浮かんでいるのが見えた。 小さな光が三つの蝋燭の炎と気付く。 白い着物が浮かんでいる。 それが着物だけで浮かんでいたとしても怖いけれど、誰かが纏っているとしても怖い。白い着物なんて、死人じゃないか。 なんにせよ、ろくでもないものには違いない。 帰ろう。そう思う心と裏腹に、足が白い着物に近付いていく。 着物から白くて細い手足と項が伸びている。女のようだ。 手の中には金槌が握られていた。 頭に逆さに鉄輪を被っており、鉄輪の三つの足には蝋燭が立てられていた。 漸く、音と服装とこの状況に合点がいった。 午前二時、白い着物、金槌。あれしかない、丑の刻参りだ。 案の定、女の目の前には太い木の幹に釘付けにされた藁人形があった。 その顔のところに貼ってある写真を見て、ゾクリとした。 小さな紙片には笑った自分が映っていたのだ。 胸のあたりに野太い五寸釘が打ちつけられる。 心臓が俄かに痛くなってきた気がして、光季はよろめいた。 その拍子に、足の下でパキリと小枝が悲鳴を上げる。 着物の女がゆっくりと振り返った。その顔に覚えがあった。 映画部の後輩、由香里だった。  由香里が愛らしいぱっちりした目を気味悪く細める。 爪のような形になった目が光季を映し出していた。 「水瀬せんぱーい、見ましたねぇ」  そこは定番の「見たな」じゃないのかよ。 冷静に突っ込みを入れながらも、恐怖に駆られて走って逃げだす。 背後から、ものすごい速さで由香里が追いかけてきた。  心臓が痛い。丑の刻参りの呪いか、走っているせいか。 とにかく、死にそうなぐらい息が苦しく、心臓が痛んだ。  そのあまりの苦痛に光季は飛び起きたのだ。
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