クラゲ

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クラゲ

その日は街の中心部にある駅で乃ノ花ちゃんたちと合流して、水族館に行った。 小さいけれど、この街にたった1つの水族館で、夏休みだったこともあり、それなりに館内は賑わっていた。 オレンジ色の魚や、小さくて白っぽいタコ、緑のカメ、赤いカニ、黒と白や黄色のチンアナゴ… イルカやシャチはいなかったけれど、どれもこれも小さくてきれいだった。 思わず見とれてしまって、目が離せなくなった場所がある。 クラゲのコーナーだった。 暗い部屋の中に、青や紫に光る水槽が浮かび上がる。 乃ノ花ちゃんと顔を寄せ合って水槽をのぞきこむ。 宝石みたいな水の中を白いクラゲが漂っていた。 キノコみたいな形のもいれば、かさの下から生えている触手が細長くてひらひらしているのもいる。 触手がなくてただの丸いブヨブヨが浮かんでいるだけのもいたし、人の顔くらいの大きさのもいた。 いつの間にか乃ノ花ちゃんはクラゲに飽きて、他の展示コーナーへ移ろうとしていた。 でも、私はクラゲの白くて半透明の体をいつまで見ていても飽きなかった。 不規則にふわふわと揺れるクラゲを見ていると、ぐしゃっと握り潰されやしないかと心配になった。 生きているのにいつかは死んでしまう。 それがとても悲しくなった。 この気持ちを虚しいとか切ないと呼ぶことを知ったのはもっとずっと後になってからだ。 「クラゲ、嫌い?」 突然、男の人の声がした。 見上げると隣に乃ノ花ちゃんのお父さんが立っていた。 私があんまりにも悲しい顔をしていたものだから声をかけたのだろう。 私は恥ずかしくて声が出せなかったので首を横に振った。 「嫌いじゃないのかぁ。じゃあ、クラゲ、好き?」 「うん。とってもきれい。」 「そっか、綺麗か。いいよなぁ、クラゲ」 そう言ってにこにことクラゲを眺め始めた。 変な人。悪い人ではなさそうだけれど、優衣さんはこの人のどこに惹かれたんだろうと不思議に思った。 帰りにお土産コーナーでチンアナゴのぬいぐるみを買ってもらった。 これは、乃ノ花ちゃんとお揃いだ。 家に帰って、今日、水族館で撮った写真を見ているとふと、優衣さんの胸元がチカッと光った気がして目を凝らしてみるとそこにはクラゲのネックレスがついていた。 「優衣さん、それどうしたの?」 テレビのニュースを見ていた優衣さんは、一瞬え?という顔をしてそれから自分の首元に視線を移した。 「これ?水族館で買ったの。今日の記念に。もしかしてゆずちゃんも買いたかった?」 「ううん。ニョロちゃんがいるからいい。」 私はそう言って、今日買ってもらったぬいぐるみを抱きしめた。 名前は乃ノ花ちゃんとお互いにつけ合った。 乃ノ花ちゃんが私のにニョロちゃんと名づけて、私が乃ノ花ちゃんのにポンちゃんと名づけた。 乃ノ花ちゃんからなんでポンちゃんなの?と聞かれたけれど、ポンちゃんって顔をしていたからポンちゃんなのであって他に説明のしようはなかった。 それにしても、優衣さんのネックレスはとてもきれいだった。 細い銀色のチェーンに青と紫の半透明の小さなクラゲが揺れていた。 まるで、水槽の中を漂うクラゲそのものが今は優衣さんの胸元で揺れているようだった。
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