屋上ではお静かに

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屋上ではお静かに

 あまりに心地好い春の陽気に居眠りしていたら、目が覚めた時、僅か数メートル隣でAV撮影が行なわれていた。  大音量の喘ぎ声、体と体がぶつかり合う音、獣のような息使い、そして大音量の喘ぎ声。 「………」  場所は放課後の屋上だ。立入禁止だから普段ひと気もあまりなく、この時期に限り俺だけのお気に入りの寝床だったのに。一体どこのどいつが俺の神聖な寝床を汚しやがったのか、心底から腹が立つ。  半身を起こした俺は目蓋をこすり、ゆっくりと四つん這いになって「声」の方へと近付いて行った。かつては屋上で園芸部が花を育てていたとかで、立入禁止となった今でも花壇や園芸用具の収納倉庫などがそのまま残っている。声は収納倉庫の向こう側から聞こえていた。倉庫と壁の間には狭いスペースがあり、どうやらそこで行なわれているらしい。  どうするべきか。  怒鳴って邪魔してやるか、盗み見るだけに留めておくか。隠し撮りして恐喝するか、冷静に鑑賞させてもらうか。 「そ、それやめて下さいっ、何で撮って……あぁっ!」 「気にすんなよ、ただの俺達の思い出だろ」  AV撮影でなくただのハメ撮りらしいが、会話から察するに上級生と下級生の生徒同士のまぐわいのようだ。あまり素行の良くない奴らが集まるウチのような男子校では、たまにこういうことが起こる──不純同性交遊。  見たいような、見たくないような。  少しの葛藤の後で結局誘惑に負けた俺は、恐る恐る、本当にほんの少しだけ、ゆっくりと倉庫の影から首を伸ばして「現場」の確認をした。 「………」 「あぁっ、先輩っ――もう、……あんっ!」 「イきそうか? ああ? イくのかよ、触ってねえのに」 「さ、触って……触ってくださ、っ……ああぁっ!」  ──クソ。  俺は心の中で舌打ちした。このアングルからだと、正常位の上になっている生徒の尻しか見えない。しかもそいつが中途半端にズボンを下ろしているせいで、肝心の合体部分も見えない。これが本物のAVだったら完全にクレームものだ。 「先輩、我慢できない、俺っ──!」 「まだ駄目。ていうか早漏すぎだろお前、まだ五分も経ってねえけど?」  男の体というものは、喘ぎ声を聞くと自然と興奮する構造になっているそうだ。そしてそれが適用されるのはどうやら女の喘ぎ声だけじゃないらしい。掘られている生徒の顔は見えないが声はなかなか良く、俺の中の欲求不満を刺激するには充分の要素を持っていた。  自然と、手が自分のそれに行ってしまう。 「………」 「せ、先輩っ、先輩……! もう、駄目ですっ……おかしくなるっ……!」  誰かも知らないし相変わらず「先輩」のケツしか見えないけれど、俺は「後輩」の喘ぎ声だけをオカズに自分のそれを扱きまくった。 「っ、……!」  早漏、と言われた「後輩」など目じゃないほどにあっさり果ててしまい、呼吸を整えながらゆっくりとその場から遠ざかる。抜いて冷静になった分、何だかすごく馬鹿らしくなってきた。完全に無駄な射精だ。これならネットで本物のAVを見た方が、断然晴れやかな気持ちになれたかもしれない。  今更気を遣うのも面倒臭くなった俺は物音も気にせず鞄を取り、くしゃみをして、鞄からチリ紙を出して鼻をかみ、上履きの踵を引きずりながら屋上の入口を目指した。 「待てよ兄ちゃん」 「………」  声がかかるのも想定内だった。俺は別に悪くない、向こうが勝手にヤり始めて勝手に俺に見つかっただけであって、抜きはしたけど中途半端な気持ちにさせられた分、どちらかと言えば俺は被害者だ。 「何だよ」  振り返った先には「先輩」が立っていた。同級生かと思ったけれど知らない顔だから、俺にとってもこいつは先輩なのだろう。  乱れた黒髪、開いた制服のシャツ。流石にモノはしまわれていたがベルトとボタンは外れていて、いかにも「事後」って感じでエロかった。  男が柔らかく笑って、口元に人差し指をあてる。 「俺は別に構わないんだけど、直久(なおひさ)がビビッちゃってさ。盗撮されてたら嫌だって言うんで、一応確認させてくれる?」 「はぁ? 嫌に決まってんだろ。撮ってねえよそんなモン」 「だから、一応。何も無ければアイツも安心するし、君も帰れるしでお互いハッピーだろ」 「撮ってねえって言ってんだろ。ぶっ飛ばすぞてめえ──」  瞬間、男の手が勢い良く俺の胸倉を掴んだ。 「覗き見てセンズリこいてた癖に?」 「っ……!」 「バレバレなんだよ、ガキが」  数秒前まで浮かべていた男の人の好さそうな笑みが、今は邪悪なそれに変わっている。間近で見るその目はまるで獰猛な獣のようだった。ぎらぎらと光る犬歯が牙のようで、正直言って少し……怖い。 「そ、……それは、悪かったけど。あんたらだって、人が寝てる横であんな……」  途端に気弱になってしまう俺を見て、男の口角が嬉しそうにつり上がった。
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