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短編『永ーとこしえー』
茶色い茶箪笥の周りにはたくさんの酒瓶やら酒樽が並んでいる。
その手前に男が一人、煙管を片手に気だるげにこちらを見ている。
隅には1つの布団が敷いてあった。
おずおずと部屋の入口から中へ入ると、男が口を開いた。
「なんだい、こういう場所は初めてかい?」
男の問いに答えられずに、俯いてモジモジとしていると、可笑しそうに男がくつくつと笑った。
「遊びにも慣れてないのにいきなり、こんなとこに来たのかい?悪いことは言わねぇ、後悔しねぇうちに回れ右して、さっさと帰りな。」
しっしっと片手で振り払われて、頭にカッと血が上り、男の元に向かおうとしたら何かに足をとられて、もつれて、転んだ。
ハッと気づいたら、男の顔が目の前にあった。
切れ長な目、少し大きめだけどスッと通った鼻筋。ぷっくりとしているが、厚すぎず、薄すぎず、丁度良い唇。とても端正な顔立ちをしている。
一言で言えば『美丈夫』である。
暫し見とれていたが、我にかえり慌てて男から離れようとした。
が、それも叶わず、男に腕を捕まれ引き寄せられた。
可笑しそうに目を細めながら、顔をじっくりと覗きこまれる。
恥ずかしくて、顔が熱くなる。
「おや、顔が蛸みたいに真っ赤だ。うぶだねぇ、しかも物凄くどんくさいときた。」
……どんくさいは余分だと思うんだけど。
「おや?何か言いたげな顔だね、なんだい、言ってごらんよ。」
正直に言うのも癪にさわるから、唇を尖らせて顔を背けた。
「意地っ張りだね、でもそういうのは嫌いじゃないよ。」
男がふっと笑った。
その笑い方があまりにも優しかったから。
顔を前に向けて、チラリと男を見る。
優しげな顔で男がこちらを見ていた。
ドキリとする。
「どういう経緯でこんな所へ来たのかは知らないが、お前さんみたいな人間がこんな場所に来るべきじゃない。」
また、追い返される!と思って、ぎゅっと男の着物の裾を強く握った。
男が苦笑いをして、優しく体を引き寄せる。
頭が男の胸元にすっぽりと埋まる。
「…べきじゃあ、ないんだが。…気が変わった。お前さんの純真無垢な体と心を俺色に染めたくなってしまったよ。」
━嬉しくて心が震えた。
三月ほど前、用事で店の旦那さんと共に色街を歩いていたら、とある店の前で男を見つけた。
気だるげに体を柱に預け、外の空を見上げていた。
この街から出ることは叶わない店子達の殆どは全てを諦めたかのように目に色を失くしていたが、その男の目には力がありふれていた。
一目惚れだった。
それ以来、旦那さんの用事に自ら進んでついていくようになり、なけなしの給金を貯めて(最後には前借りもして)、今日ここにやってきた。
暗闇の中、月に照らされ二つの影が折り重なっていく。
男の優しくも力強い指使いに翻弄されながら、やっとの思いで男の名前を聞く。
「利。とし、だ。」
その名前の響きを胸に深く刻んで、甘い一時に身を委ねた。
この時が永遠に続いてほしいと願いながら………………。
(了)
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