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3
傘の大群は、私を拘束してどんどん暗黒の夜空を舞い上がっていった。
高層ビル群の上まで上昇し、そこからもどんどん高く高く飛翔していった。
真下にある、イルミネーション煌めく都市空間が俯瞰的に目に入った。
忙しなく動き回る都市の様態が、煌めく光の中で明滅しているように見えた。
大量の傘の群れは、私を捕まえたまま、どんどん漆黒の夜空を上昇していく。
何処に連れて行く気なのか?
まさか?!
いや、そんなことは出来ないはず…
でもまさか…
月まで私を連れて行くなんてこと、
そんなこと出来るはずがない。
それでも私は、真下に見える煌めく都市空間の美しい輝きを眺めながら、徐々にこのまま行くところまで飛んで行けばいいと思うようになった。
夜風が心地よかった。
大量の傘の群れは、ゆっくりと舞い上がっていく。
その緩やかな流れに、私は、次第次第に身体を任せた。
そのうちに、それまでほぼ垂直に上昇していたはずの傘の群れは、少しずつ横に飛翔するようになった。
風に流されているのか?と思ったが、風はそれほど強く吹いていなかったので不思議に思った。
しばらく横に流されていくような感覚で、私は大量の傘の群れと共に夜空を舞っていた。
だが、ふと真下を見下ろした時、それがさっきまでのイルミネーション煌めく都市空間ではなく、いつの間にか山林に囲まれた場所に変わっていることに気がついた。
しかも、何処かで見たことがあるような…
ああ、そうだ、今真下に見えるのは、私とお爺さんが長年住んでいた村だ。
ああ、私とお爺さんのあの家の屋根が見える。
途端に懐かしい気持ちになって、私は真下に見える、私たちの村に目を凝らした。
さようなら…
ここに私の人生の全てがあった。
私の全てがあったのだ。
そう思って、村をじっと凝視していると、大量の傘の群れは、またさらに横に移動するように飛翔し始めた。
今度は村に面していた漆黒の海が見えた。
真夜中だから、真っ暗な海だけが視界に入った。
海は静かに波を起こしながら、まるで死んだように静まり返り、喪に服しているようにさえ見えた。
静かな海
真っ暗な海
静かすぎる海
その上を横切るように流れて、大量の傘の群れは飛んでいく。
だがそのうち、小さな島が、漆黒の海にポツンと浮かんでいるのが見えた。
小さな島
ああ、あの無人島だ
しかし、それは、とても無人島とは思えないほどの華やかさに包まれた島だった。
私が知っている、あの無人島とはまるっきり様変わりしている。
木々は大量に生い茂り、そこには果実の実なども豊富に成っているようだった。
島には、まるで手作りで作り上げたような独特な形の城があり、その建物の周りには、大量の生物が存在した。
あれは犬の一群
建物の後ろにある、豊かに生い茂った林には猿の群れがいた。
低空飛行だが、その周りを美しく飛んでいるのは、キジの群れだった。
それはまるで、自然界で純粋培養された、理想の桃源郷のような島に見えた。
まさに地上の楽園だ。
この世にこんな美しい島があったなんて。
そして独特の形状の城の屋上に
あの男の子が居た。
周りには、老いた犬や猿、キジが居て、愉しそうに男の子を取り囲んでいた。
そして、人と接することが出来なかったあの子の隣には、一人の地味で大人しそうな女性が居た。
あの子の、心からの至福に満ちた笑顔が見えた。
そう。気がついたのね
この無人島に鬼などおらず、自分の心に"鬼"が住んでいたことに。
そのことに、この無人島に来て気がついたのね。
桃から生まれたあの子は、いつの間にか引きこもりになった。
挙句、友達がいないから、犬やキジや猿に話しかけて喜ぶ子になった。
しかし、そのうちに、男の子は動物たちに愚痴ばかりを言うようになり、吉備団子を勝手に家から持ち出しては、それを仲の良い犬、キジ、猿に与えて、挙句、動物たちと自分は全く同じ考えだと言い出し、島の鬼退治をすると言い出すようになった。
男の子の心が、"鬼"に取り憑かれたのだ。
しかし、あの子は、この無人島に"鬼退治"に来て、気がついたのだ。
自分の心に"鬼"が棲んでいたことに。
この無人島には元々鬼などいないが、この島に来て、男の子の心からも"鬼"は消えたのだ。
医師からはHSP(Highly Sensitive Person)だと診断され、生まれつき刺激に対して敏感な性質で、人や色んなものの刺激を過敏に受け取ってしまう傾向があると言われた。
生後から幼少にかけて、説明のつかない体験をしていて、通常より五感が鋭く、精密な中枢神経を持っていると。
確かにあの子は、巨大な桃の中から生まれてきた捨て子という、通常では説明のつかない体験を生まれながらにしている。
だが、HSPは病気や障害ではなく、心理学上の概念でしかないと医師には言われた。
精神医学上の概念ですらないらしい。
しかし、あの子は、そんなHSPの特質を活かし、植物や動物たちの微妙な変化を敏感に感じ取って、それはそれは行き届いた献身的な世話をすることが出来る。
どんなに優れた人間以上に。
それが、この自然の純粋培養のような、まさに地上の楽園のごとく、あまりにも美しき桃源郷を実現したのだ。
あの子の
心からの至福に満ちた笑顔が最後に見れてよかった。
たった一人の理解者にも巡り会ってくれた。
いつまでも幸せにね。
いつまでも。
もうこれで、思い残すことはない…
大量の傘の群れは、しばらくすると、また垂直に暗黒の夜空を上昇し始めた。
徐々にあの子の姿が見えなくなっていく。
もはや、豆粒大ぐらいにしか見えなくなり、そのうち何も見えなくなった。
大量の傘の群れは、さらなる上昇を続け、ついには、私を、この世の最上段の高みまで連れ去った。
そろそろ大気圏を突入する。
もうすぐ地球を超える。
しばらくして巨大な月が見えてきた。
大量の傘の群れは、巨大な月に向かって飛翔していく。
その巨大な月に、ふと、大勢の人影のようなものが見えた。
何かを大声で叫んでいるらしい。
そこには、あの同じ竹藪で生まれた、この世の者とも知れぬほど超絶的に美しい女子が、大量の人影と共に立って、満面の笑みで何かを叫んでいた。
そのうち、周りの大量の人影も、満面の笑みを浮かべて叫び出したようだ。
徐々に、私の耳に「お帰りなさい!」の大合唱が、これ以上ない祝福の叫び声が聴こえてきた。
私は
見放されてなどいなかった。
月は私を
見放してなどいなかった。
私は不器用で、ぎこちない笑顔を浮かべて、精一杯手を振った。
こういうところで美しい満面の笑みを浮かべられないのは残念だけど、でも、この不器用で、ぎこちない笑顔こそ私らしくて、私はそのまま手を振り続けた。
都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘=スカイアンブレラ。
都市伝説のように言われているが、ある時、人は、それを目撃することが出来る。
終
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