鈍感コークと王女さま

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 それからコークは一度も訪ねてこなかった。からかいすぎたのか、とも思ったが今更それに腹を立てるとも思えない。  一人でいるこの部屋は広すぎる。  リゼは日に日に近づいてくる死が怖かった。昨日より今日、今日より明日死に近く。  私は誰にも看取られずに死ぬの?  お父様やお母様、それにコークにも会えずに。  涙が頬を伝う。  王女が泣いてはならない。それは国王の口ぐせだった。けれども涙は止まらなかった。 「リゼさま、どうされたのですか。どこか痛い所でも」  扉の所にコークが居た。ノックに気付かなかったようだ。 「べ、別に」  コークはベッドに近づきティッシュを取り出し涙を拭った。 「それより、なんで会いに来なかったのよ」  怒り混じりにリゼは喚いた。 「すみません、やる事があって」  涙をぬぐい終えるとゴミ箱にティッシュを入れ、ベッド脇の椅子に座った。 「今日はリゼさまにプレゼントがあるんです」  そう言ってカバンから小さな箱を取り出した。 「開けてみて下さい」  リゼは箱を受け取るとリボンをほどき箱を開けた。  中には指輪が入っていた。それは小さな赤色の石でお世辞にも王女という地位に見合う代物ではなかった。 「これ、どうしたの?」 「リゼさまにプレゼントです」 「いや、それはさっき聞いたわ。どうしたの。プレゼントだなんて珍しい」 「そうですか? 幼い頃は花とかを贈ったじゃないですか」 「王宮に生えてる花を勝手に、ね。じゃなくて私が聞きたいのはどうして急にこんな物を?」  コークは眉を下げた。 「気に入らなかったですか?」 「そ、そんな事は言ってないわ」  リゼは指輪をはめた。右手の薬指にぴったりだった。 「リゼさまはアクセサリーはあまりお付けにならないので、あえて贈ってみました」  コークは贈った理由をはぐらかす。それがリゼには気になったが言いたくないなら仕方がない。 「もう一つプレゼントがあるんですよ」 「何かしら」 「今日の夜九時に宮殿の屋上に来てください。教育係さんの許可は取っています。温かくして出て下さいね」  するとコークは立ち上がった。 「もう行くの?」  コークはリゼの顔をじっと見つめた。 「リゼさま。大好きですよ」  そう言って笑った。 「何言ってるのよ」  リゼは顔が熱くなるのを感じた。 「え、でもこれは初めてではないですよね」 「五歳くらいの頃は毎日言っていたわ。けど……」  コークは息を吸った。 「また会いに来ます。では今晩九時にまた会いましょう」  そう言って一度も振り返らずに部屋を出た。  残されたリゼは指輪をじっと見つめていた。  夜の八時半。教育係のニールは車椅子を押して部屋を訪ねてきた。 「リゼさま。お時間ですので移動をお願いいたします」  リゼは重い身体でなんとか車椅子に乗る。膝掛けと肩にはショールを掛け準備万端だ。  ニールが車椅子を押し廊下に出た。 「ねえ、何が始まるの? コークから聞いているのでしょう」  ニールは少し考え、口を開いた。 「実はこの事は王様には伝えていないのです。だからバレたら私の首は飛ぶかもしれません」  首が飛ぶというのは文字通り首が飛ぶのか、仕事をクビになるのかリゼには分からなかった。 「じゃあ、バレたらコークもタダじゃ済まないわね」 「コークさまは大丈夫です」 「え?」  車椅子は魔法で動くエレベーターに乗り最上階まで上がる。  そして屋上に着いた。ここでは時々町を眺めながらパーティーが開かれるのだ。 「寒いわね。コークはいつになったら来るのかしら」  ニールはもうすぐです、と言うだけだ。ニールは元々口数が少ないのでこれ以上聞くのは無駄だとリゼは悟った。 「まったく。この寒い中待たせるなんて。会ったらゲンコツね」  何度目かの愚痴を言った時だった。  真っ暗な空に花が咲いた。  それはそれはとても綺麗でリゼは寒さを忘れた。  赤や黄、そして虹色の花が空一面に咲く。  形も花や丸、放射線状など様々なものだ。  それは現実と思えないほど綺麗だった。  リゼは瞬きをするのも忘れた。身体の痛みも、怠さも。鬱屈としているもの全てを忘れた。  そして永遠と思えるほど濃密な時間が終わった。  リゼはあまりの美しさに感動していた。 「ニール。今のはなんて言うものかしら」 「花火、と言います」 「どういう魔法なの」 「上級魔法使いが人に魔法をかけます。すると命の残りと比例して綺麗な花火が咲きます」 「……命?」 「残りの命が少なければ少ないほど美しく花火は咲きます。花火とは命と引き換えに咲くのです」 「では、今のは誰かの命と引き換えに咲いたの?」  そう言っている途中から声が震えた。喉自体も震え、息がしにくい。  誰の、とは聞きたくなかった。現にここにはコークがいない。一度も約束を破ったことのないコークが。 「実はコークさまも病にかかられていました」  聞きたくない、そう思っても声が出ない。  ニールは淡々と喋った。 「余命、一ヶ月だったそうです」  リゼは声を押し殺して泣いていた。ニールはリゼのショールを直した。 「コークさまの病は移るものではありませんでした。けれど耐え難い痛みに加え身体の一部は徐々に腐り落ち最終的には見るに耐えない姿になってしまうそうです」  ニールはしゃがみ目線をリゼに合わせた。 「コークさまから伝言です。『実はずっと貴女に片思いしていました。身分が違っていたのに愛していたことをお許しください』と」 「……バカ」  春には、貴方に会える。リゼはその思いを胸にしまって指輪を握りしめた。
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