1 別れと旅立ち

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 35歳、イケメン小説家として雑誌やテレビにも出ることの多いこの男。  名を、神明仁(じんめいじん)という。  かくしてその正体は___ただの駄目なおっさんである。と真貴は思っていた。特に原稿を書き上げた直後の仁は最悪だ。もはや廃人である。  仁は真貴の父親ではない。  仁は母の弟。つまり真貴の叔父にあたる。  真貴を育てたのは仁であり、ふたりでこのマンションに住んでいる。  真貴はこのどうにも手のかかる保護者が嫌いではない。寧ろ好きだ。  仁が書き上げた原稿の束が、ふわふわと騒ぎ始めたのを真貴の赤い左眼が捕らえた。 「仁の奴・・・、また封印忘れたな・・・」  束になった原稿の浮き上がった隙間から、今まさに小鬼がはい出てこようとしてる。  体長はほんの7センチ程度。全身が茶褐色で襤褸を纏っている。一つ目の者、五つ目の者、頭が二つある者様々である。  真貴は動じることなく原稿の束を軽く撫でると、その上で右手の人差し指と中指を立て、縦に四本、横に五本、交互に空を切るようにして2本指でドーマンの九字をきった。  小鬼は小さな悲鳴を残し、原稿の中に引き戻されるようにシュルンと消えた。 「これで、よしっと」  真貴の口元に、小さな笑みが灯る。  仁の書く小説の原稿からこのようなことが起こるのは、珍しいことではない。  小説家の仁が描く世界には、いつでも神々やら妖やら鬼やらが当たり前に存在し、それらは隙あらば、原稿を飛び出し自由になろうとした。他の小説家たちも同じかどうかは知らないが、仁はそうだった。  ゆえに書き終えた原稿には必ず封印を施すのであるが、今回のように仁が封印を忘れることもしばしばで、その時は真貴が代わりに封印をするのであった。  いつぞやは、真貴も気づかぬうちに仁の小説を飛び出した蟒蛇(うわばみ)がマンション中の酒を飲み歩き、謎の侵入者事件として大騒動になったこともあった。     
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