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8 いざ宮廷へ
「違うっ!全然だめだ!もう一度!」
「こっ此度は帝に拝謁賜り、この上なき慶びにございます」
「頭をもっと下げよ」
「うぅっ…」
「背筋を正すのだ」
「うっ」
真貴はがっくりと項垂れ両手をついた。
「もう駄目だよ、おっさん勘弁してくれよぉ」
「ならぬっ!ならぬぞ、真貴。明日は何が何でも粗相は許されるのだ!」
いつになく強い口調の立花の前で、真貴は大きなため息をついた。
今真貴が何をしているかというと、立花から作法についての教示を受けている真っ最中である。
なぜこのようなことに至ったかと言えば、事の起こりは約十日程前に遡る。
侑李の一件以来、立花は暇さえあれば神明家へやってくるようになっていた。ことに仁とは気が合うらしく、ふたりで呑みだしたら最後。どちらかが潰れるまで呑み続ける。とはいえ、潰れるのはいつも立花であるのが、なんとも気の毒である。
やまとに来て間もなく一か月が過ぎようとしている。
真貴は志貴と茂澄、そして誠達という新たな家族を得て、更に立花と水昴、侑李に出会った。しかし全ての出会いが真貴にとって良いものばかりではない。叔父である神明亜門との出会いには実際真貴は辟易していた。できれば二度と会いたくないと思うほどに。
やまとで真貴は高校生ではない。
やまとで勉学を学ぶのは十五歳まで。
その後は家業を継いだり、己の道を究めるのがこの世界の流れなのだという。真貴は陰陽師であるものの、かと言って決まった仕事があるわけでもない。何度か志貴と茂澄に宮廷へ誘われたが、立花と侑李の話を聞いた後ではとてもではないが行く気にはなれなかった。
宮廷など話を聞くだけでうんざりだった。策略と陰謀が渦巻く世界とは、できる限り無縁でいたい。それが真貴の本心であり希望だ。
仁はといえば、日がな一日酒を呑んでいる。よくもまぁ、四六時中飲み続けられるものだと思うが、本人が楽しそうなので放っておいている。
そんな平和な日常を切り裂いたのは、慌ただしい立花の足音だった。
宮廷から直接取る物も取り敢えずこの神田の神明家へ駆けつけた立花は、乱れる呼吸も整わないうちに一気に真貴に告げたのである。
「大変なのだ!帝から真貴に宮廷での呪術合戦が命じられたのだ」と。
もちろん真貴はそんなものに一切の興味などないが、帝からの命が断れようはずもない。ただ日時を告げられただけの命であったが、呪術に関しては今更慌てたところでどうにもならないことであるし、真貴であれば問題もないだろう。それよりも、真貴以外の全員の心配ごとと言えば、呪術よりも真貴の言葉使いと所作についてだった。
中納言である立花に、初対面からおっさん呼ばわりした真貴だ。帝にも同じことをしかねない。そうなれば、当然呪術どころではなく首が飛ぶ。
立花が自ら真貴への作法教示を申し出たのは、その直後だった。
それに仁が快く応じ、こうして十日。
真貴は志貴と茂澄の厳しい監視の元、逃げることも叶わず立花の作法教示を受けているというわけなのだ。
呪術合戦も明日に迫った夕暮れ時、真貴はぐったりとその身を投げ出していた。
「もう無理。これ以上やったら、俺死ぬかもしれない・・・・」
「何を大げさなことを申しておるのだ。帝の前で無礼を働けばどちらにせよ死ぬのだ。その場合真貴、其方だけでは済まないかもしれないのだぞ!」
眉間に皺を寄せる立花に、真貴は寝ころんだまま情けない顔でため息をついた。
「ったく、なんだって俺が呪術合戦なんかしなきゃならないんだよ。帝って侑李の親父だろ?俺に断る権利がないって、意味わかんねー」
「馬鹿者っ、良いか?外でそのように帝の事を言うてはならんぞ!」
「あぁ~わぁーったよ」
本当にわかっているのか、真貴は相変わらず寝ころんだまま半分不貞腐れている。こうした子供っぽいところも立花は好きであったが、宮廷での立ち振る舞いはやはり大事だ。いつ、どこで誰が見ていて、足を掬われないとも限らないのである。
「真貴よ、其方に教示することは全て行った。明日はくれぐれも粗相のないようにな」
「あぁ、わぁーてるよ」
「真貴よ、火のないとこにも煙がたつのが宮中ぞっ。お前が恨みや妬みを買えば、それがどのような形で災いとなるかわからんのだ。私は、お前にはそういったものに巻き込まれてほしくないのだ。どうか、明日は慎重にな」
立花は何度も念を押した。が、相変わらずな真貴に一抹の不安を抱かずにはいられないものの、頷いたのであった。
翌日、宮廷へは真貴を初め仁、志貴、茂澄も共に赴いた。
宮女に案内され、真貴たちは紫宸殿の庭先に通された。
真貴にとっては、初めての宮廷である。
白い玉石の上に真っ赤な毛氈が敷かれており、すでに数人の大臣たちが集まり世間話をする姿はなんとも優雅であり、この裏に数多くの陰謀が渦巻いているなどとても思えないが、立花の言うことが誠であろうということは理解していた。
物珍しさに辺りを見渡していると、背後から聞きなれた声がした。
「もう来ておったか!」
立花である。
志貴と茂澄、仁が立花に向かって片膝をついた。真貴も慌ててそれに倣う。
そんな真貴を見て、立花は満足そうに頷いてみせた。
「立つがよい」
立花の言葉に、四人は立ち上がった。
立花は中納言である。本来なら、どこで会おうがこのように敬意を示さなければならないのだが、志貴と茂澄は別としてもちろん真貴と仁は普段はそんなことはしていない。
真貴に至っては片手を上げて「よう、おっさん」で終わりである。
しかし流石に宮廷のど真ん中でそのような振る舞いをするわけにもいかないことは、至極当然のことである。
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