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「なぁおっさん、で俺は誰と競うんだ?」
真貴が立花に寄り小声で尋ねると、立花の表情が些か曇った。
「それが・・・わからんのだ」
「は?わかんねぇって、もうすぐ始まるんだぜ?」
「そうなのだ・・・、しかしどうも左大臣の是枝様の口添えで此度の催しがなされることになったそうだ。是枝様は悪いお人ではないのであろうが・・・どうもいい噂を聞かないのだ。もしや裏に何かあるやもしれぬ。真貴、くれぐれも慎重にな」
「うん、わかった」
どうも胡散臭い。真貴も神妙な顔で頷いた。
徐々に人が集まり始め、真貴は宮女の指示で中央の毛氈の上にぽつんと座っていた。
正面には階があり、おそらくあの正面に帝がやってくるのだろうが、まだ帝は来ていない。
毛氈をぐるりと取り囲むように床几が並べられ、立花と同じように束帯を纏った男たちが腰を下ろしていた。
仁や志貴、茂澄は、背面にいるので真貴からは見えない。
「まじで帰りてぇ・・・」
思わず真貴がそう呟いたのも仕方がない。
始まる前から、大臣達の真貴を見る妙な威圧感が真貴の心中を重くさせた。
ふいに辺りの空気が変わった。
一同が片膝をつき、頭を垂れた。
訳も分からぬまま、真貴もそれに倣う。
階の向こうに気配を感じるも、ここで頭を上げるわけにはいかない。真貴は立花の教えを忠実に守りつつ、ごくりと喉を鳴らした。
慣れないこの空気に、体が勝手に緊張で強張った。
「面をあげよ」
低く凛とした声が響き、膝をついていた一同が身体を起こす気配がした。それに合わせ、真貴も姿勢を正し正面を見据える。
階の向こう、一段高くなった中央にいるのが恐らく帝であることがわかる。帝を取り囲む様に五人の女と子供たちがいた。その中に侑李を見つけると、目があった。
侑李も真貴に気づいてにっこりと笑みを浮かべ小さく手を振ってきたたが、真貴は笑わなかった。
濡れぶちの上、帝の左右には立花を含め数人の文官がいる。
「其方が神明真貴か?」
ひとりの文官が真貴に声をかけた。
「いかにも」
「なるほど。して、此度は珍しい呪術を帝に披露したいと其方からのたっての希望。本来であれば、そのような願いが聞き届けられるものでもないが、神明家は宮廷にも深く貢献しており、帝と后妃様を初め妃様方の良き気分転換にもなろうと思い、其方の申し出を受けることにしたのだ」
真貴はわずかに首を傾げた。
濡れぶちの上の立花も、眉間に皺を寄せていささか慌てた様子である。
真貴は呪術合戦をする名目で帝に呼ばれたはずである。しかし、今の話を聞く限り、真貴の方から呪術を披露したいと願い出たことになっているではないか。
「うっ右大臣様っ」
右大臣の横で立花が小声で声をかけた。
「此度の召喚の命を真貴に伝えたのは私ですが、その際は呪術合戦をせよとの仰せでした。真貴の方からそのような申し出はなかったはずですが」
「なにっ、それは誠か」
「はい」
立花の言葉を聞いた右大臣は困惑気味に真貴に目を向けた。
一体どうしてこのようなことになっているのかわからないが、既に帝もその妃たちもいるのだ。今更手違いがあったなど言える状況でもない。
不自然な無言が続き、次第に大臣達が騒めき始める中、声を上げた男がいた。
「右大臣蜂須賀様に申し上げます」
亜門だった。
陰陽師であるはずの亜門は束帯に身を包み、どういうわけかすっかり大臣気取りである。
「この者は当神明家の分家の者にございます。生まれてすぐに異国を放浪し、ろくに修行もなさぬまま帰国するなり、口八丁手八丁で民を惑わす始末でございます。本家としても大変困っていた折、とうとう帝を巻き込みこのような騒動まで。私は、いつかこの者がこうしたことをしでかすのではと案じていたのでございます」
聞いていた帝の表情が曇った。
「では、出来もせぬ呪術を見せると陳をた謀ったと申すか」
「いかにも」
そう言って亜門は礼を返した。
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