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やられた___そう思うものの、既にこの状況ではどうにもならない。
背後にいる仁を覗きみるものの、仁に慌てる様子はなく成り行きを静観している。であればと、真貴もそれに倣うことにした。
「つきましては帝、分家とは言え神明の人間でございます。分家のろくでなしに代わり神明家本家の長男、楽亜が呪術を披露致します故、どうぞ今後は分家の志貴と茂澄に代わり楽亜を宮廷にてお召抱えて頂ければと存じます」
なるほど。狙いはそれか___あまりに姑息な手段に真貴は心底呆れたが、このままでは志貴と茂澄が宮廷から追い出されてしまう。真貴自身は宮廷など二度と来たくはないが、志貴と茂澄は別である。
「帝っ」
真貴は真っすぐ正面を見据え、良く通る声で言った。
「此度はなにやら手違いがあったようで、私は呪術合戦と聞き参上した次第です。ですが、幸いにも本家の楽亜殿が術を披露するならば、それを持って私と一勝負皆様にご披露するのはいかがでしょうか」
「ほう。合戦か!」
真貴の言葉に、帝の表情が明るくなった。どうやら興味を持ったらしい。
「なるほど。合戦とは確かに面白い」
帝が大きく頷くと、それを見た右大臣が心なしかほっとした表情で亜門の息子、楽亜を呼んだ。
亜門の背後からいそいそと出てきた楽亜は毛氈の上で真貴に並んだ。
隣に立った楽亜に真貴は少しばかり驚いていた。
あの亜門の息子である。どれ程狡猾そうな者が出てくると思いきや、見るからに気弱そうな青年だった。歳は真貴よりも幾分上だろうか。下がった目じりが余計に、頼りなく見せた。
「ではこれより、神明家本家、神明楽亜と分家、神明真貴の呪術合戦を行う」
右大臣がそう宣言すると同時に、亜門が木箱を胸に抱きいそいそと前で出た。
「恐れながら、まずはこの木箱の中身をふたりに当てさせては如何でしょうか」
「なるほど、面白い趣向だ」
そう言った左大臣が階から降りてきて、木箱を受け取った。
「何でもよい。中に適当なものを入れて参れ」
ひとりの宮女が木箱を持って一旦下がり、すぐに戻ってきた。木箱を受け取った左大臣は真貴と楽亜の前に木箱を置いた。
「この中身を当ててみよ」
先に答えたのは楽亜だった。
「中身は卵にございます」
「なんと、卵か!どれ、私が見てみよう」
そう言って木箱の蓋を開けた左大臣は、「おぉ!」と声を上げた。木箱の中から卵を取り出し、高々に上げて周囲に卵を見せている。
「ぉお!卵だ!」
「本当に卵だったぞ」
口々に大臣達が驚くのを見て、真貴は失笑した。
これは一体なんの茶番なのか。箱の中身を当てることのどこが呪術なのだろうか。
「左大臣様」
そう声をかけたのは真貴だった。
「果たしてその手に持たれている物は、本当に卵でございますか?」
「なに?」
左大臣が怪訝な顔で真貴を見た。
「既に、それはひよこになっておられます」
そう言った真貴に左大臣が顔を顰めた。
「ひよこだと?何をばかな___」
言いかけて、左大臣は自らの手に釘付けとなった。
さっきまで確かに卵を持っていたはずの手の中で、ヒヨコがぴーぴー声を上げてもがいているのである。
「こっこれはっ」
帝も興味深げに身を乗り出して左大臣の手の中のひよこを見ていた。
「いや、確かに先程までは卵であったはず・・・・」
言葉を失う左大臣に、真貴はなおも続ける。
「左大臣様、そのひよこをしっかりとお守りください。蛇が狙っております故」
「なに?蛇だと?そんなものどこにも___」
そこまで言って左大臣は「ひぃっ」と声を上げて手に持ったものを投げ出した。毛氈の上に左大臣に投げ出されたものがぺたりと落ちた。蛇であった。
たった今ひよこを飲み込んだであろう蛇の喉元がぷっくりと膨らんでいる。
「おぉ!蛇だ蛇だ、確かに蛇だ」
「ひよこを飲み込んでおるぞ」
大臣達も驚く中、左大臣が真貴に向かって指を指した。
「みっ帝の御前であるぞ!蛇を持ち出すなどっあまりに無礼だ」
顔を赤くして激怒する左大臣をよそに、真貴は蛇に歩み寄るとその胴体を掴んで左大臣に差し出した。
「やっやめよ!噛まれたらどうするのだ!」
「噛む?これがですか?」
足元から蛇を掴み上げ真貴が差し出したそれは、蛇ではなく鉄仙の蔓だった。
「ばかなっ・・・・確かに蛇であった・・・」
左大臣が呆然とする中、階の上から鈴を転がしたような笑い声が聞こえてきた。
侑李である。
「左大臣、確かにそれは鉄仙だわ。左大臣はまさかそれに噛まれると思っておいでで?」
「いっいえ・・・それはっ・・・」
左大臣は真貴から鉄仙の蔓を奪うようにとると、腹立ち紛れに毛氈の上に鉄仙の蔓を叩きつけた。すると、ぺしゃっと音を立てて毛氈の上で卵が割れたのである。
「これはっ・・・・」
左大臣は言葉もなく、割れた卵を見ていた。
「あぁ、やはり楽亜殿の申された通り、箱の中身は卵であったようです」
真貴がお道化た様に言った直後、大臣たちから真貴への賞賛と驚きの声が上がる。
「しっ静まれっ!静まらぬか!」
顔を真っ赤にし、体を震わせた左大臣の声に辺りが静まり返る。
「おのれっ、怪しげな術を使いおってからにっ!帝っ!この者は危険です。このような怪し気な術でいつ帝に危害を加えるやもしれませぬっ」
なんとお粗末な茶番か。
真貴はすっかり呆れてしまった。
術で合戦をしろと呼び出されたのだ。寧ろ、なんの術も施していない楽亜の方が問題ではないだろうか。
「あら、それはおかしいわ」
凛とした声が響いた。
侑李だ。
「ねぇ、お父様。これは呪術合戦なのでしょう?あの者が術を使ったと怒るのは道理ではありません。それよりも最初の楽亜の方が不審だわ。ただ箱の中身を当てるなど、都の大道芸人だってやってのけますわ」
帝も侑李の言葉に深く頷いた。
「真貴と申したな」
「はい」
真貴は帝に向かって片膝をついた。
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