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「大変に面白いものを見た。他にも何かできるのか?」
「では___」
真貴は立ち上がると、庭の池へと歩み寄り小さく水昴の名を呼んだ。
すぐに水面に泡沫が浮かび、小さな渦の中に水昴が顔を出した。真貴はそれを手で制すると、小声で言う。
「水昴、この池の水を上空に打ち上げられるか?」
「容易き事」
水昴はすぐにここが宮廷の池であることから状況を理解すると、にやりと笑って水の中に姿を消した。
その直後である。
池の水が真っすぐ上空へと吹き出したのである。
激しく噴き出したかと思えば、小さく小刻みに何度か吹き出す。
飛び散る水しぶきは、太陽の光を浴びてキラキラと輝いた。
真っすぐに吹き上がった水の中を、池の鯉たちが泳いでいる。
「ほう、これはなんとも美しい」
大臣達は皆ため息を漏らし、吹き上がる池の水に見とれた。
更に真貴は、右手の人差し指と中指を立て口元に添えると呪を唱える。
直後、皆の視線が上空に釘付けになった。
吹き出した水の上を、二羽の鶴が舞っている。
鶴は暫く旋回していたやがて、コウッとひと鳴きするとぱっとその姿を消し無数の桜の花びらとなって大臣達はもちろん、帝や妃たちの上に舞い散った。
その間も池の水は強弱をつけて吹き上がり、飛び散る水しぶきと桜の花びらの共演はなんともこの世の極楽さながらの光景である。
帝は大いに満足した様子で、何度も深く頷いていた。
一方、面白くないのは亜門である。
まさか、真貴にこのような力があるなど夢にも思っていなかったのだ。怒りで唇を震わせ恨みを募らせるばかりである。
やがて池の水もすっかり元に戻り、無数に待っていた桜の花びらもどことへもなく全て消えると、真貴は優雅に一礼をした。
帝も妃達もすっかり上機嫌であり、もはや楽亜の存在など忘れ去られたかのように真貴に称賛を浴びせた。
華やかに彩った術比べも終わり、真貴たちが去った宮中の片隅では左大臣の傍らに青い顔をした亜門がいた。
「其方のせいで今日は大恥をかいたわ」
「もっ申し訳ございません。まさか真貴があそこまでとは思いもしませんで」
亜門は拭いても拭いても溢れ出る冷や汗を拭いながら、背中を丸めている。
「しかしあの真貴という小僧は使えそうだ」
「左大臣様それが実は・・・真貴は中納言の立花と懇意にしているようで」
「なに?」
左大臣は顔を顰めた。
「では既に、右大臣の一派ということになろうか」
「おそらくは____」
「あやつが敵となるならば、少々やっかいかもしれぬ。亜門よ、何か策はあるのか!今日の事で真貴は帝の覚えもよい。下手なことはできぬぞ。なんとしても我が娘、月長の息子を皇太子に据えねばならないのだ。真貴はお前の甥であろう。他人の立花よりも叔父であるお前に従うのが道理というものだ。なんとしても真貴をこちら側に引き込むのだ」
「ははっ、承知しております。すぐに策を講じますゆえ」
「うむ」
険しい表情のまま頷くと、左大臣は去っていった。
「あのっ父上・・・」
去り行く左大臣の背中を見送る亜門に声をかけたのは息子の楽亜だった。
亜門は振り向きざまに楽亜の頬を拳で殴りつけた。口元から流血した楽亜は力なくその場にしゃがみこんだ。
「全く、お前には失望するばかりだ。同じ神明家、いや本家の跡取りなのだ。幻術くらい使ってみせぬか!」
「申し訳ありません。しかし私では到底あのようなことは。今回とて、予め卵を入れることを聞いていただけのこと。私の力では、箱の中身すら当てることなど叶いません」
「まったく、情けないことだ」
苛立ち紛れに吐き捨てるも「待てよ・・・」と、しゃがみこんだままの楽亜を見据えた。
「お前のその気弱さはつかえるかもしれん。楽亜よ、すぐに分家へ向かうのだ」
「分家へ?ですが、分家には昔母上と一度行ったきりで・・・」
「なにを情けないことを申しておるのだ。本家の人間が分家に赴くになんの遠慮がいるものか!分家へ出向き、真貴と親しくなるのだ」
「真貴と?親しくなってどうするのですか?」
「馬鹿めっ。お前が真貴を宮中へと誘いだすのだ。とにかくお前は真貴と親しくなるのだ。わかったな」
「わかりました。ですが・・・宮中へ誘ってからはどうするのですか?」
「馬鹿者っ!いいから、お前は言われた通りにすればよいのだ!」
「はっはいっ」
よろけながらも立ち上がった楽亜は、父に向って一礼をすると神田の神明家に向かったのであった。
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