8 いざ宮廷へ

5/6
前へ
/69ページ
次へ
 一刻後、楽亜は神田の神明家の前に立っていた。  恐る恐る門を覗き込んだ楽亜は、びくりと肩を震わせた。  屋敷の中から何やら賑やかな声が響いてきたのである。 「あーっ、仁っそれ俺のだろ!食うなって!」 「ばぁか、早いもん勝ちなんだよ」 「てめっ、ふざけんなよな!じゃぁ俺だって!」 「あっ、兄上やめてくださいよ、それは私のですっ」 「じゃぁ志貴は茂澄の奪え」 「そんなっ、私だって譲れませんよ!」  楽亜はしばし呆然と中から聞こえる声に聞き耳を立てていた。本家の屋敷でこれほど穏やかで、賑やかな声など聞こえたことは未だかつて一度もない。  さっきまで真貴とは同じ毛氈の上にいた。  自分は父親に殴られ、罵倒されたと言うのに、真貴はこんなにも楽し気な声を上げている。  楽亜は拳をぎゅっと握った。 「理不尽だ。どうしてお前ばかりが持っている・・・」  誰に言うでもない。  心から出た言葉だった。  楽亜は意を決すると、一歩踏み出し神田の神明家の門を潜ったのである。  ふわりと梅の花の匂いが楽亜の鼻腔を擽った。梅の時期などとうに過ぎていると言うのに、どういうことかと首を傾げた時、目の前に女がひとり立っていた。 「私は本家の楽亜だ。真貴に会いに来た」  こくりと頷いた女について屋敷の中に入っていくと、そのまま簀子に案内された。 「えっ?楽亜?」  楽亜に気づいた真貴が、素っ頓狂な声を上げている。楽亜の来訪が想定外だったのだろう。  「叔父上、ご帰国されていたというのに挨拶が遅れて申し訳ありません」  楽亜は仰々しく仁に挨拶をした。 「おぉ、楽亜じゃねぇか。今日はお前もご苦労だったな。まぁ楽にしろよ」 「ありがとうございます」 「で、どうしたんだ?俺になんか用か?」  挨拶を終えたはいいが、真貴にそういわれるとそれはそれで困ってしまう。  父から真貴と親しくなるように言われたはいいが、実際目の前にするとどう親しくなればいいかがわからない。 「いえ・・・あの・・・、別に、用というわけでは・・・ただ、お二人が帰国されたと聞いて私も挨拶に伺わねばと・・・。それに真貴とは歳も近いですし・・・」 「ふぅーん」  真貴は興味なさそうに杏子を口に入れた。  どうやら先ほど聞こえた騒ぎは、この杏子を取り合ってのことだったらしい。  真貴の傍らで志貴と茂澄も戸惑っていた。  歳が近いと言えば、志貴と茂澄も近い。しかし、これまで本家との行き来など一切なかったのだ。今日の不自然な呪術合戦、楽亜の突然の来訪。腑に落ちないことばかりである。 「なぁ、楽亜は今日の合戦のこと聞いていたのか?」 「えっ、あぁいえ・・・」 「そうか、やっぱり知らなかったんだぁ。俺はさ呪術合戦って聞いてたから、なんだか今日は訳がわからなかったよ」  屈託なく笑う真貴と目を合わせることができなかった。  本当は知っていた。父が今回の計画を左大臣に持ちかけた事。思いがけず自分が真貴と対決することにはなったが、予め箱に卵を入れると聞いていた。しかし、真貴はそんな小細工をもろともせず、帝を満足させてみせたのだ。自分は、卑怯な手を使った上に負けたのである。  しかし、楽亜は静かに笑みを浮かべた。  策にはめられたというのに、真貴が楽亜の言葉を簡単に信じたからだ。 「どうした?楽亜」  仁に声をかけられ、楽亜は慌てて頷いた。 「はい・・・、今日はご挨拶に伺っただけですので、私はこれで。・・・・それで、あの・・・、また来てもいいでしょうか?」 「なんだよ、別に来たい時に来りゃいいじゃん」  あっけらかんと答える真貴の声にはっとして顔を上げると、仁も笑みを浮かべて頷いている。ただ、志貴と茂澄だけはどこか疑念を抱えているようにも見える。とはいえ、楽亜もここで引くわけにはいかなかった。父からの言いつけを守らねばまたどんな目に合うかもしれない。 「あのっ、真貴・・・、明日、一緒に宮廷に行きませんか?」 「え?」  
/69ページ

最初のコメントを投稿しよう!

260人が本棚に入れています
本棚に追加