9 泰山夫君

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「妻と息子を・・・・助けて頂きたいのです」 「奥さんと息子さん?柳生さんの?」 「はい・・・、実は私共には愛徒(あいと)という二歳になる息子がおりましたが、先日流行病であっけなく命を落としました。しかしながら、妻は愛徒は生きていると申すのです。そうして愛徒の亡骸を抱き甲斐甲斐しく世話をしておるのでございます」  聞いただけで、胸の奥がチクチクと痛んだ。  子を亡くす親の哀しみがどれほどのものか、おそらく全ては理解できないだろうが、真貴は水昴の哀しみを知っている。柳生のやつれた姿が、いつかの昴と重なった。哀しみの果ての姿だ。  黙って座っていた志貴と茂澄は益々黙り込み、上機嫌で酒を呑んでいた仁と立花さえもが、神妙な面持ちになっている。  とはいえ、もちろん気の毒ではあるが、この世のありとあらゆる生物は生を受けたと同時に死に向かうのだ。ましてや病なら幼くして死することも当然あるだろう。受け入れ難いことではあるが、受け入れなければならない。 「ちょっと言いにくいけど___、息子さんの亡骸を奥さんから離した方がいいんじゃないかなぁ」  真貴の言葉に、茂澄も志貴も立花も頷いている。 「はい・・・、私も初めはそう思っていたのでございます。ですが、見てしまったのですっ」  そう言って、柳生は両手で顔を覆った。  心なしかその身体が震えている。 「見たってなにを」 「死んだはずの・・・死んだはずの息子が笑うのでございます」 「笑う?」  不覚にも全身に鳥肌が走った。 「いや、笑うって・・・息子さん、死んだんだろ?」  柳生は顔を覆ったまま嗚咽を漏らし、頷いている。 「そりゃぁ、多分あれだ。思念だな」  猪口を片手に仁が呟いた。 「思念ってなんだよ、仁。だって息子さんは死んでるんだろ?亡骸に思念なんてねぇだろ」 「残留思念ってやつだ。母親が生前と同じように接するうちに体にしみ込んだ記憶が互いを求めちまったんだろうな」 「求めちまったんだろうなって、そんなこと___」  流石に真貴も言葉を失った。  これまで多くの妖に会っては来たが、人も妖も死した後は無に返り輪廻の渦へと帰ってゆく。亡骸は抜け殻にすぎないのだ。まさか残留思念で死人が笑うなど、これまで考えたこともなかった。 「真貴、とりあえず行ってこい。まずは会ってみねぇとわかんねぇだろ」 「行って来いって・・・じゃぁ仁も一緒に来てくれよな!俺、思念で動きまわる人間なんて、どうしていいかわかんねぇもん!柳生さんまずは息子さんの様子を見せてもらってそれからってことで」 「あっありがとうございますっ」  柳生は真貴の手を両手で握りしめると涙を流して礼を言った。  真貴は仁と共に、柳生と共に柳生の屋敷に向かった。酒を呑みだした仁を連れ出すのは、なかなかに骨の折れる作業ではあったが今回ばかりは真貴も譲れない。相手が妖ならまだしも、人間の思念だ。結局、牛車にまで酒を持ち込んでの同行となった。牛車で一刻程の距離ではあったが、やたら長く感じたのは真貴がいつもより緊張しているせいだろう。  ごとりと音を立てて牛車が止まると、どちらかともなく仁と顔を見合わせ頷きあった。  門を潜り柳生の屋敷へと一歩足を踏み入れると同時に、真貴と仁は顔をしかめ手の甲を鼻へと押し当てた。  息もできないほどの死臭が屋敷全体を覆っている。  おそらく子供の亡骸から発しているものだろうがなぜ、柳生を初めとする屋敷の者達が平気でいられるのか、不思議なほどであった。 「で、息子さんは?」  真貴が聞くと、柳生は神妙な面持ちで「妻のところにいるはずです」と、廊下を歩き始めた。  真貴と仁も黙ってその後に続く。屋敷の奥に進むほどに死臭は強くなった。  子供に近づいているのだろう。 「この室におります」  そう言われた室の戸が五寸程開いている。  真貴と仁は、その隙間からそっと中を覗くと、幸せそうな笑みを浮かべて我が子を膝に抱く母の姿がそこにあった。 「愛徒(あいと)や、ほれそのように暴れる出ない。母の膝の上にいておくれ」  柳生の妻、恵茉であることは間違いない。  愛おし気に我が子の頭をなでる恵茉の指に、ごっそりと抜け落ちた髪の束が絡みつくいた。 「あぁ、愛徒、愛徒。母は決してお前を離したりしないからね。私の愛しい子・・・」     
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