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1 別れと旅立ち
「じーんっ、珈琲入ったぞ」
「ん・・・、あぁ・・・・」
「ソファーで寝るなよなぁ。ちゃんとベッドで寝ないと疲れもとれないだろ?」
真貴はまるで母親の様に、ソファーでだらしなく寝そべる仁の前に立った。当然、両手は腰に添えられている。
仁は徹夜明けの目をしょぼしょぼとさせながらかろうじて数ミリ開けると、「んぉぉぉぉ~」と獣のようなうめき声と共にのっそりと体を起こした。
数ミリ開けただけの視界は当然悪く、殆ど香を頼りに手を伸ばし何とか珈琲の入ったカップへたどり着く。
真貴は呆れるようなため息を零しつつも、エプロンを外し制服のジャケットを羽織った。
「出かけるのか?」
「普通に学校だろ。学校っ」
「あぁ~学校・・・ね・・・」
完全に魂の抜け殻と化した仁の姿に、真貴は苦笑いする。
仁の目の前には朝方までかかって書き上げた原稿の束があった。全ての用紙が揃えられているとことを見るとなんとか無事に書き上げたようだ。それがわかっても敢えて確認する。
「〆切・・・今日なんだろ? 書けたのか?」
「あぁ・・・・、なんとかな」
「編集の槙原さん昼過ぎには来るって、さっき電話あったぞ」
「あぁそう・・・昼・・・すぎね・・・」
「最後くらいちゃんと起きて迎えてやれよ」
「ん~・・・だな・・・」
カップを持った手は既にテーブルの上まで落ちている。背中をまるめた仁は恐らく半分寝ているのだろう。
顔の筋肉を全く使わずに呼吸に合わせて辛うじて声を出している仁を見て思わず笑いが零れる。
「まったく・・・。大丈夫かよ。この中年のどこがイケメン小説家なんだかなぁ・・・・。あんまり世の中を騙すとバチあたるぞ」
「あぁ・・・んん・・・・ぐぅ・・・・・・」
返事はもはや鼾だった。
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