2

18/23

342人が本棚に入れています
本棚に追加
/96ページ
『用事がないならもういいだろ。じゃあな』 『おう、舞台の演出よろしゅうな! そんだけ!』  スマホをスリープ状態にした次の瞬間、リビングのドアが開いた。 「お待たせ。シャワーありがと」  すでに勝手知ったる他人の家、雅が冷蔵庫を開け、冷茶の入ったボトルを取って喉を潤す。 「ああ。雅、今日は泊まっていくだろ」  雅は少し間を置いてから「……うん」と頷いた。 「都合が悪いのか? それなら」 「ううん、大丈夫だよ」  ぎこちない笑顔を返される。冷茶を飲んでクールダウンしたはずなのに、頬が赤い。  不安げな暁翔を安心させるように、雅は「ほんとに大丈夫! 明日の仕事に支障がないかなって、ちょっと考えただけ。問題ないから泊まらせてもらうね。今から家に帰るのは面倒だもん。泊まりたいな」と明るく言った。  雅と手を繋ぐ以上に触れ合ったら、自分はどんな感情を抱くのだろう。  暁翔はシャワーを浴びながら、ぼんやりと考えた。  雅のことは気になるけれど、それはあくまでも顔が好みだから。  抱き合ったとしても、さすがに女性に対するような性的な欲求が湧くとは思えない。何せ彼は男。男に興奮したことなど一度もない自分が、男を抱きたいと思うはずがない。  そうか、雅への恋愛感情みたいな気持ちは、ただの勘違いだ。  と、暁翔は結論づけた。  顔が好み過ぎて、思考が大きな勘違いを起こしているに違いない。かわいい浴衣姿の彼と手を繋いだことで、勘違いが増長してしまった。友達以上に思い始めるなんて、度を超えている。  目を覚まさなければ。雅は友達だ。それ以上なんてあり得ない。  ぬるめの湯を頭から浴び、湧いた思考を洗い流す。  風呂場を出てTシャツと短パンに着替え、和室に足を踏み入れた。和室には二組の布団が敷かれている。雅が泊まるときはいつも、布団を並べて眠る。  雅はすでに横になり、薄い夏布団を体にかけて背中を丸めていた。Tシャツと短パンという、暁翔と似た格好だが、細い体はどこか艶めかしい。  華奢な肩のライン、カーブを描いたウエスト、小さいけれど丸みのある尻、そして意外と引き締まった筋肉のある足。しかしごつさはなく、しなやかな脚線美を持っている。   暁翔は彼の体のラインを視線で撫でた。思わずごくり、とつばを飲み、慌てて首を振る。 (ないない!)  深呼吸をして気持ちを落ちつかせ、自分の布団の上に腰を下ろした。  雅はもう眠ったのだろうか。もしそうなら起こしたくない。  布団に手をつき、そっと近づいて様子をうかがう。  雅がゆっくりとまぶたを上げた。視界に映った暁翔の手をじっと見つめる。大きく、節くれだった手を、何か物思いにふけるように見つめている。 「……雅?」  寝ぼけてるのかな、と思いながら顔を覗き込むと、長いまつげに縁取られた目許がハッと見開いた。焦ったように体を反転させ、暁翔に背を向ける。 「な、何?」 「いや、別に」 (俺の手、何かついてるのか?)  暁翔は自分の手のひらや甲を、ひっくり返して確認した。が、特に変わった様子はない。  ただこの手で、雅と手を繋いだ。  互いの体温と緊張と、そしてときめきを感じながら握り合った、手──。  落ちつかせたはずの鼓動が、再び高まり始める。  手を繋いで歩いたときの、ひどくドキドキした感情がぶり返し、いてもたってもいられない。狼狽する姿を見せたくなくて、暁翔は急いで部屋の明かりを消した。布団を被って横になる。  もしかして雅も、手を繋いだことを思い出して焦ったとか。   つまりは暁翔を、意識している?
/96ページ

最初のコメントを投稿しよう!

342人が本棚に入れています
本棚に追加