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『用事がないならもういいだろ。じゃあな』
『おう、舞台の演出よろしゅうな! そんだけ!』
スマホをスリープ状態にした次の瞬間、リビングのドアが開いた。
「お待たせ。シャワーありがと」
すでに勝手知ったる他人の家、雅が冷蔵庫を開け、冷茶の入ったボトルを取って喉を潤す。
「ああ。雅、今日は泊まっていくだろ」
雅は少し間を置いてから「……うん」と頷いた。
「都合が悪いのか? それなら」
「ううん、大丈夫だよ」
ぎこちない笑顔を返される。冷茶を飲んでクールダウンしたはずなのに、頬が赤い。
不安げな暁翔を安心させるように、雅は「ほんとに大丈夫! 明日の仕事に支障がないかなって、ちょっと考えただけ。問題ないから泊まらせてもらうね。今から家に帰るのは面倒だもん。泊まりたいな」と明るく言った。
雅と手を繋ぐ以上に触れ合ったら、自分はどんな感情を抱くのだろう。
暁翔はシャワーを浴びながら、ぼんやりと考えた。
雅のことは気になるけれど、それはあくまでも顔が好みだから。
抱き合ったとしても、さすがに女性に対するような性的な欲求が湧くとは思えない。何せ彼は男。男に興奮したことなど一度もない自分が、男を抱きたいと思うはずがない。
そうか、雅への恋愛感情みたいな気持ちは、ただの勘違いだ。
と、暁翔は結論づけた。
顔が好み過ぎて、思考が大きな勘違いを起こしているに違いない。かわいい浴衣姿の彼と手を繋いだことで、勘違いが増長してしまった。友達以上に思い始めるなんて、度を超えている。
目を覚まさなければ。雅は友達だ。それ以上なんてあり得ない。
ぬるめの湯を頭から浴び、湧いた思考を洗い流す。
風呂場を出てTシャツと短パンに着替え、和室に足を踏み入れた。和室には二組の布団が敷かれている。雅が泊まるときはいつも、布団を並べて眠る。
雅はすでに横になり、薄い夏布団を体にかけて背中を丸めていた。Tシャツと短パンという、暁翔と似た格好だが、細い体はどこか艶めかしい。
華奢な肩のライン、カーブを描いたウエスト、小さいけれど丸みのある尻、そして意外と引き締まった筋肉のある足。しかしごつさはなく、しなやかな脚線美を持っている。
暁翔は彼の体のラインを視線で撫でた。思わずごくり、とつばを飲み、慌てて首を振る。
(ないない!)
深呼吸をして気持ちを落ちつかせ、自分の布団の上に腰を下ろした。
雅はもう眠ったのだろうか。もしそうなら起こしたくない。
布団に手をつき、そっと近づいて様子をうかがう。
雅がゆっくりとまぶたを上げた。視界に映った暁翔の手をじっと見つめる。大きく、節くれだった手を、何か物思いにふけるように見つめている。
「……雅?」
寝ぼけてるのかな、と思いながら顔を覗き込むと、長いまつげに縁取られた目許がハッと見開いた。焦ったように体を反転させ、暁翔に背を向ける。
「な、何?」
「いや、別に」
(俺の手、何かついてるのか?)
暁翔は自分の手のひらや甲を、ひっくり返して確認した。が、特に変わった様子はない。
ただこの手で、雅と手を繋いだ。
互いの体温と緊張と、そしてときめきを感じながら握り合った、手──。
落ちつかせたはずの鼓動が、再び高まり始める。
手を繋いで歩いたときの、ひどくドキドキした感情がぶり返し、いてもたってもいられない。狼狽する姿を見せたくなくて、暁翔は急いで部屋の明かりを消した。布団を被って横になる。
もしかして雅も、手を繋いだことを思い出して焦ったとか。
つまりは暁翔を、意識している?
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