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「なんで冷静でいられるんだ? 仕事、引き受けたのか?」 「まぁ、最後だし、断れる立場でもないしね」 「悔しくないのかよ!?」  雅は困ったように微笑み「僕ができる仕事なんて、こんなもんだよ」と言った。諦めの境地に達しているのか、口調も表情も穏やかである。  しかし──。  握った拳がわずかに震えていた。  わずかだけれど、力のこもった小さな拳に雅の気持ちが現れてるような気がして、暁翔は気づいた。  雅が悔しくないわけがない。アイドルの仕事より『花江』での仕事のほうが仕事量は多いのに、雅は「本業はアイドル」だと言った。それだけアイドル業には、思い入れと矜持があるということである。ダンスの練習にも必死に取り組んでいた。  なのにアイドル業の最後が、料理を作るだけなんて。本当は泣きたいほど悔しいのではないか。  だが、雅は今日もいつも通りの笑顔で、女装をして夏祭りを楽しんだ。笑顔になれる心持ちでは、なかっただろうに。 「雅……無理するな。俺の前では弱音を……本音を言ってほしい。辛いなら、笑わなくていいよ」 「え……」 「俺だって、雅の力になりたい。支えたい」  思わず、普段は言わないような熱いセリフが口をついて出た。  でも本気でそう思うのだ。 「暁翔……」  雅が再び寝返りを打ち、背中を見せた。   「暁翔は、優しいね。僕はずるいから……暁翔の優しさにつけ込んで、弱音を吐いたんだよ。きっと慰めてくれるって、計算したの。ずるいよね」 「別にいいよ。俺の慰めでちょっとでも気が休まるなら、いくらでも慰めるよ。俺だって、雅ならわかってくれると思ったから、劇団の話をしたんだ」  同病相憐れむ。いいじゃないか。  夢を諦める者同士、慰め合って傷を癒やせるならそれで。 「暁翔、ほんとに優しいな……。どうして? 僕みたいな変なやつに、どうしてそんなに優しくしてくれるの?」 「雅は変なやつじゃないよ」 「変だよ。いい年なのに子どもっぽいし、影ではオトメンとか、痛いやつだとか言われてるんだよ?」  背中越しに聞こえる声には悲壮感が混じっていた。  中性的な容姿や性格をからかわれ、辛い思いをしたことがあったのだろうと察せられる。 「変じゃない、絶対に。無邪気なのも、かわいいものが好きなのも、全部個性だ。雅はアイドルも弁当屋も、どっちも真面目に一生懸命やってる。変なわけない」  雅の肩を掴むと、華奢な肩は小さく震えていた。 (泣いてる?)  心配になって肩を優しくさする。  突然、雅が体を反転させ、暁翔の胸にしがみついてきた。 「ほんとはね、すごく悔しい……! 悔しくて、悔しくて……!」  涙はない。けれどかわいい顔を歪め、苦しさに耐えるように震えている。  暁翔は彼の薄い背中に腕を回した。しっかりと体を抱き締める。 「うん、悔しいよな」 「年下の後輩達にバカにされながらでも、ずっとがんばってきたんだ。だけど、自分の力じゃどうにもできない。最後がアイドルの仕事じゃなくても、やるしかない」 「うん」 「こんなかっこ悪い自分が大嫌いだよ。暁翔に甘えてる自分も嫌い。悔しい……!」  小さな後頭を撫でる。柔らかな髪の上を優しく、何度も。  胸の中で雅のぬくもりを感じ、暁翔は吐息を漏らした。  雅が辛いときは慰めたい。悲しい思いをさせたくない。  諦めたような笑顔は似合わない。心からの笑顔にしてあげたい。  どうしてこんなにも強く、彼を大事に思うのだろう。 (これは、恋愛感情なのか……?)   体を少し離して雅の顔を覗き込む。  彼は悲しげに目を伏せているが、先ほどよりは幾分落ちついたのだろう。もう歪みはなかった。  こんな、キスができそうなほどの至近距離で雅の顔を見つめるなんて、心臓に悪い。長いまつげに色気を感じてしまうし、柔らかそうな薄紅色の唇に目が釘づけになる。  なんて綺麗なんだろう。  唇に触れたい。唇で。  甘い果実にかぶりつきたいような衝動に駆られる。  引力でもあるのか、手が勝手に、色白な雅の頬に触れた。  優しく頬を撫でる。すると、雅がゆっくりと顔を上げた。  潤んだ大きな瞳と視線が交わる。  瞬間、魔法がかかったのかもしれない。  暁翔は吸い寄せられるように、雅にキスをしようとした。
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