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(待て! 目を覚ませ!)
脳内でもう一人の自分が警鐘を鳴らし、ギクリと体が強ばる。
目の前にいるのは男だぞ、本当にいいのか、と問いかけられた。
(でも、俺は雅のことが好きかもしれない!)
キスをしようとした自分が反論する。ひょっとしたら雅も、同じような気持ちなのでは。そんな期待もある。手を繋ぎたいと言ったのは彼なのだ。
(それでも待て!)
友達だと思っている男からキスをされたら、雅がどれほど嫌な思いをすると思う? と問われる。好かれているかもわからないのに、早まるべきではない。最悪、嫌われるぞと。
確かにそうだ。嫌われたくない。
それに今は、落ち込んでいる雅を慰めたいだけ。
しっかりしなくては!
暁翔は気合いを入れ、自分の中から煩悩を必死に追い出した。
そして雅の背中を軽くポンポンと叩いた。これは友達同士のハグですよ、というニュアンスで。
体を離し、雅に布団をかけ直す。
「辛いときは、遠慮なく話してくれていいから。な?」
「う、うん」
雅は困惑しているような、ばつが悪そうな、なんとも言えない表情を布団で半分隠した。目だけを覗かせる。
「なんか、ごめんね。僕、取り乱しちゃった。年上なのに恥ずかしいな」
「謝らなくていいし、年なんか関係ないって。少しはすっきりした?」
雅がコクンとうなずく。
「僕、暁翔と友達になれてよかった。この年になってこんないい友達ができるなんて、思ってもみなかったよ」
友達──。
ただの、友達──。
胸に何かが刺さったような鈍い衝撃を覚えた。
「……ああ、俺も」
雅にとって、暁翔は友達なのだ。
危なかった、うっかりキスをしなくて良かった、と胸をなで下ろす。キスをしたら嫌われて、友達でいられなくなるところだった。
ふらつきながら、自分の布団に戻る。
「僕ね、吹っ切れた。もう悔しいなんて言わない。料理の仕事をちゃんとやる。今までお世話になった事務所への恩返しだと思って、最後までがんばるね」
「そっか……」
「思い切って本音を言えてよかった。暁翔のおかげだよ」
雅の澄んだ瞳には力がこもっていた。気持ちを切り替えたのだろう。もろいようで、案外強いのかもしれない。
『最後までがんばる』という言葉を、暁翔は胸中で噛みしめた。俺もがんばろう、と素直に思える。雅と一緒に、前へ進もうと。
「テレビには雅が仕込んだ料理が映るんだろ? 誰も気づかなくても、俺は見てるよ。応援してるからな。それで、終わったらこの家で、二人で打ち上げしよう」
雅の目許が赤くなる。
「ほんとに? 打ち上げをしてもらえるなんて嬉しい。ほんとに、ありがとね」
雅は布団を頭から被り、背中を丸めた。
鼻をすする音が聞こえたので、暁翔は何も言わず、雅の頭を優しく撫でてから眠りについた。
このまま余計なことは考えず、友達でいればいい。
それが平和で健全。でも……。
友達としか思われていないことに、少なからずショックを受けている自分がいる。
細い体を抱き締めた感触がまだ、腕の中に残っていた。男の体だったけれど、嫌悪感は一切なかった。むしろ、煩悩に支配されそうになった。
胸が重苦しい。
モヤモヤが深まっていく。
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