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演出家は脚本を元に、こんな舞台にしたいという方向性を決めて具体的な形にするのが仕事だ。役者の演技に注文をつけるときもある。衣装、セット、音楽、照明も考え、裏方のスタッフに指示を出す。責任重大、しかしやり甲斐のあるポジションである。脳内で描いたイメージが、現実の舞台に昇華されたときの達成感は大きい。
暁翔はみんなが休憩している間、脚本を何度も読み返した。今回の演出の方向性は決めている。だが、どうしても迷いが消えない。
この演出でいいのか、観客は楽しんでくれるのか。
梨乃をはじめ、役者達ががんばっている中で、演出に迷っているなんて知られるわけにはいかない。平静を装い、必死にプランを練り直した。
公演まで時間がない。焦りが募る。
稽古が終わった後、駅までの夜道を歩いていると、隣に並ぶ梨乃がおもむろに言った。
「暁翔、今度の西園寺企画の舞台、一緒に観に行こうよ」
もうすぐ西園寺が手がける舞台の公演が始まる。
「え? ああ……」
鈍い返答に、梨乃が綺麗な顔をしかめた。パンツスーツで颯爽と歩く姿がかっこいい。
「何? 先約でもあるの?」
「いや、別に」
実は西園寺の舞台を観るのが怖い。リアルの演出を迷っているときに彼の舞台を観てしまったら、さらに迷うのではないか。そんな不安があった。京介がちょい役で出演するのだから、劇団仲間として観に行きたい気持ちはあるけれど。
「そう言えば、京介は元気かな」
意図的に話題を変えた。
「京介? 毎日西園寺さんの稽古場に通ってるみたいよ。ちょい役でも爪痕を残してやるって言ってた」
「そっか。あいつもがんばってるんだ」
「西園寺さんに気に入られてるみたいだし、次の脚本も任されるかもね」
最近は京介と連絡を取り合っていないので、彼の近況は初耳だった。あの豪胆な性格で、きっと次の脚本もつかみ取るだろう。
京介から少し前にスマホに来た連絡と言えば『雅ちゃんとはどうなったんや?』という質問だけ。『別に、どうもなってないよ』と返信した。
実際、何も変化していない。そればかりか、連絡もほとんど取り合っていなかった。
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