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(俺の演出なんて、全然だめだ……)  暗い顔で劇場を出た。冬公演の演出をどうすべきか、完全に方向を見失ってしまった。まるで土砂降りの雨に打たれているような気分である。  劇場の周辺はおしゃれな飲食店が立ち並んでいた。夕食の時間は過ぎているが人は多い。賑わう雑踏を黙々と歩いていると、隣を歩く梨乃にバシンと背中を叩かれた。 「暁翔、そんなに落ち込まないでよ」  普段はパンツスタイルが多い梨乃は、今夜はスカートをはいていた。柔らかな生地が歩くたびにしなやかに揺れる。 「落ち込みもするよ……」 「うちの劇団とは劇場の規模も、衣装やセットに使えるお金も全然違うんだから、比べたって仕方ないじゃない」  そんな表面的な差ではない、根本的に違うのだ。演出の才能という根っこが違う。黙ったままでいると、梨乃に腕を引かれた。 「じゃあさ、気晴らしに、美味しいものでも食べて帰ろうよ。ね?」  暁翔は溜息をつき、力なくうなずいた。  彼女が選んだイタリア料理の店は、内装にレンガと木材を使用した気取りのない、けれど洒落た雰囲気の店だった。各テーブルにはアンティークのランプが灯り、クラシカルで落ちついた空気を醸し出している。  デートで来るような店だな、と思いながら暁翔はトマトのパスタを注文した。梨乃はビールとスペアリブだ。  ボリュームのあるスペアリブをペロリと平らげた梨乃を見て、暁翔は微笑した。 「腹、減ってたのか」 「まあね。おいしかったー!」  美人なのにお高くとまっていない梨乃の、こういうところがかわいい。もっとも、彼女には長年つき合っている恋人がいるので、恋愛対象に考えたことはない。 「そう言えば私、彼氏と別れたよ」 「え?」  暁翔は驚いて食事の手を止めた。てっきり、長年の恋人と結婚するものだと思っていた。  梨乃がグラスのビールをあおる。 「私が神戸に転勤するって言ったら、遠距離は無理だから別れようって言われた。結局さ、その程度だったのよ」 「そうだったのか……」  口ぶりは強気だが、落ち込んだのだろうな、と感じた。 「次は結婚を考えられる人とつき合いたいんだ。元彼なんてさっさと忘れて、次の恋に目を向けなきゃね」  快活で前向きな彼女らしい言葉。梨乃ならすぐにいい男を見つけられるだろう。雅への想いを持て余している自分とは大違いだ。 「ところで暁翔ってさ、自分から告白して、つき合ったことある?」 「自分から? ないな」  即答すると、梨乃がぷっと吹き出した。 「それ自慢?」 「別に自慢じゃないよ。単なる事実なんだから仕方ないだろ」 「恋愛に対する熱、低そうだもんね。お前が好きだー! って叫ぶくらい、女の子に必死になったことないの?」 「なんだよそれ、ないよ」  鼻で笑って否定した。 「でも暁翔のそういう恋愛にガツガツしてないところ、私は割と好きかな。束縛とかしなさそうだし、落ちついてつき合えそうだよね」 「どうかなぁ」
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