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俺の、世界?
『だって、暁翔が考えてるイメージが舞台に反映されるわけでしょ? それは暁翔だけが作れる、暁翔の世界だよね。僕は西園寺さんの舞台より、暁翔の舞台が観たいな』
「そうか? 俺の舞台なんて、西園寺さんの足下にも及ばないよ」
『そんなことないと思う』
「そんなこと、あるんだ」
暁翔はついさっき、西園寺企画の舞台を観て打ちのめされたことを話した。
愚痴や弱音を吐いてばかりでは情けないと思いつつ、雅にはつい本音を喋ってしまう。
「ごめん。こんな話、聞きたくないよな」
『ううん。僕はまだ、暁翔の舞台を観たことはないけど』
雅が真面目な口調になる。
『前に、僕に言ってくれたよね。雅の笑顔に勇気づけられた人は絶対にいるって。同じだよ。暁翔だけが作れる舞台があって、それを楽しみに待っている人が絶対にいると思う。西園寺さんの舞台よりもね。僕は観たいよ。冬公演が観られなくてほんとに悔しい』
「雅……」
そうだった。
リアルの舞台を観て、生きる力をもらったという手紙を受け取ったこと。どんなに小さな劇団でも、楽しみにしてくれている人がいること。
大事なことなのに、つい忘れていた。舞台を成功させようと、気ばかり焦っていた。
『暁翔が西園寺さんの舞台を観て落ち込んだ気持ちは、すごくわかる。僕も歌とダンスが上手い人を見るとへこむもん。冬公演の演出、変えたほうがいいのかなって迷ってる?』
言い当てられ「参ったな、よくわかるな」と頭をかいた。
『なんとなく、ね』
長年エンターテイメントの世界にいる彼にはわかるのだろう。自分に自信を失ったとき、迷い、自分の軸がぶれてしまうことを。
さすがだなと感心すると同時に、暁翔の心がなごんだ。
彼は離れた場所にいるのに、すぐ隣で微笑んでいるような錯覚を覚える。桜の花のような柔らかな笑顔が、澄んだ瞳が、自分だけに向けられているような。
「演出は、正直ほんとに迷ってた。けど雅と話してみて、目が覚めた感じがするよ」
『そっかぁ。うん、がんばってね。あーやっぱり冬公演観たい! 冬の次は夏なんだよね? 夏公演もやってほしい!』
「夏は……さすがにまだ考えられないな」
とりあえず、目の前の冬公演をしっかりやろうと腹を決める。『劇団リアル』の最後の公演になるかもしれない舞台だ。悔いのないようにしたい。
「雅、ありがとう」
「ううん」
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