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暁翔の鼻の頭にムッとしわが寄った。
「まだしてねえよ!!!」
と思わず大きな声が出る。
最後まではまだしていない。今日こそはと意気込んでいる。
フンと鼻息を一つしてスマホをテーブルに置いた。気を紛らわせるために庭に目を向けると、淡いピンク色の桜が花を咲かせていた。三分咲きだが、春の訪れを感じて心が明るくなる。雅と一緒なら、桜を眺めながら美味しいものを食べるだけでも楽しいだろう。どこかに出かけるより、自宅で二人きりで過ごしたい。
「そうだ、今日ものんびりすればいいんだ」
雅の体調が一番大事。疲れた体に手は出さない。
そう決めたとき、玄関の鍵が開いて引き戸が開く音がした。
暁翔が玄関に向かうと、合鍵を持ってニコッと微笑む雅が立っていた。今日は疲労困憊ではなさそうだ。合鍵にはハワイで買ったイルカのキーホルダーがついている。実は暁翔とお揃いにしたくて、同じものを二個買っていたらしい。
「おかえり」
柔らかく笑んで出迎える。
「ただいま!」
雅は桜が満開になったような明るい笑顔を見せた。
引き戸を閉めて鍵をかけ、かわいい鼻をクンクンと鳴らす。
「わあ、家の中、いい匂いがするね」
「昼飯を作ったんだ。一緒に食べよう」
彼を伴ってリビングに足を向けると、服の裾を掴まれてつんのめってしまった。
「雅? どうした?」
「あ、あのね……」
背伸びをして耳元に唇を寄せた雅が、ごにょごにょと恥ずかしそうに「今日こそ……エッチしようね」と囁いた。
暁翔は内心でガッツポーズをした。雅を力強く抱き寄せると、彼が「えっ、まさか、今から? まだお昼」と狼狽えた。
「先に昼飯を食べたい?」
「ん……。暁翔が作ってくれたお昼ご飯、食べたい、けど……」
「けど?」
雅が頬を赤く染め、ふふっと微笑んで暁翔の背中に腕を回した。
暁翔もかわいい彼氏を抱きしめる。
うららかな午後、自宅でのデートが始まる。
昼食を食べるのは、少し後になりそうだ。
end.
✳︎暁翔の念願が叶う続きは→「恋が咲いたなら」
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