愛を教えてくれた神は今日もとなりで愛をささやく

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蓮菜は、神社の鳥居をくぐり、手水舎で浄め、拝殿でお参りをする。紫苑の名を心に乗せて拝むと、神々しい光を伴った存在が現れた。 「木蓮様、お久しぶりでございます」 「紫苑」 愛結神は、名前を呼ばれて嬉しそうに微笑んだ。 「久しぶり」 「ずっと待ってました。あなたがお越しくださるのを…」 「そっか…」 「あなたが悪魔を…ツァラオヘルを捕らえるために、天照(あまてらす)様に逆行転生させてもらったのに、捕らえるためには私の力が必要なのに…いつまでも湊人さんを連れて来てくれないから…」 紫苑の言葉に蓮菜は目を瞠った。 「え? どういうことだ? なぜ、悪魔を知ってる?」 かつての神使を前に、口調も男に戻る。 「木蓮様…覚えていないのですね? やはり、元神とはいえ、人間である以上仕方がないですね…」 「紫苑…どういうことか説明しろ」 「では、目を閉じてください」 蓮菜は言われた通り目を閉じた。 紫苑は蓮菜の額に指を置いた。紫苑は霊体なので、その指はすり抜けている。紫苑が念を送る。蓮菜の意識がタイムスリップのごとく、前世の最期の瞬間まで遡っていった。 俺…どうしたんだっけ? ああそうか。交通事故で死んだんだ。まだ14歳じゃん俺…。 俺の体…魂は光に包まれ、どんどん上へ昇っていく。 気がつくと俺は、街にいた。自分が住んでいる街。 俺って死んだんだよな? なんで…。 だけど、何かが違う。具体的には説明できないが、空気というか、雰囲気というか…。 生きていた時にはすべて忘れていた記憶が、段々と俺の中に蘇る。 自分が神使の蛇だったこと…神になったこと…人間になったこと…俺を人間にしてくれた女性と結婚の約束をしたこと…彼女の名前が「お春」ということ。 お春と俺が殺されて、霊界で再会して結婚したこと。 生まれ変わっても一緒にいると約束したこと。 そっか…。お春は生まれ変わって俺の近くにいたんだ。 きっと、幸せに暮らしているんだろうな。俺は死んでしまったけど。 俺がお春のことを思い出して、幸せな気分に浸っていると、突然思い出した。 美奈子。彼女は2年前自殺した。もしかしたら、この霊界にいるのかも…。 俺は、美奈子を探した。 霊界には階層がある。 今俺のいる死んだばかりの魂のいる階。 その上が、地上での垢を落とし、きれいになった魂がいる階。彼らは生まれ変わる準備をしている。 さらに上が、生まれ変わりを繰り返し、成長した魂がいる階。 そしてその上が神界だ。成長した魂は、神界に生まれ変わり、神界で仕事をする。中には神使に生まれ変わったり、神になったりするものもいる。あるいは、神と一体化するものも。 ちなみに地獄と呼ばれる場所は、一番下の階層だった。 魂の波長が合えば美奈子とはすぐ会えると思ったが、なかなか会えない。 美奈子は自殺したから、地獄へ行ったのか? ある人が教えてくれた。図書館のような場所があり、そこで、逢いたいひとの魂が探せると…。 俺がさっそく図書館へ行くと、魂を探すコーナーがあり、パソコンが置いてある。 使っているひとが、安心したような顔で席を立った。 俺は気になって話しかけた。 「探してるひと見つかったんですか?」 「ああ。俺よりもだいぶ前に亡くなった妻なんだ。検索したらもう上の階層に行っているとわかってね」 「そうですか」 男性が去っていく。 俺はパソコンの前に座る。 『逢沢美奈子』 検索に打ち込み、エンターキーを押す。 何件か同性同名がいた。 名前の横に生まれた年、死んだ年が書かれている。 確認していくが、全部年寄りだった。 「美奈子…いない」 俺は、となりでパソコンを使っているひとに聞いた。 「これって、上の階層に行ったひとはわかるみたいですけど…地獄へ行ったひともわかるんですかね?」 「ええ…。わかるみたい。私、以前亡くなった父を探しているんだけど、父の名前をクリックしたら、地獄に行ったって出てたわ。まあ、仕方ないか。悪い事してたから…」 女性は寂しそうに去っていった。 「美奈子は、上にも下にもいない。生まれ変わった?」 俺は小さい頃亡くなった祖父の名前を入れた。 『転生済』と簡単に書かれていた。 「じいちゃんは生まれ変わったのか。霊界に来た魂は必ず登録されているみたいだ…。という事は美奈子はまだ地上にいる?」 自殺したのだ。地縛霊にでもなっているのかもしれない。ここでは確認のしようがない。 俺はしばらくして上の階層へ行った。 そこは下よりも美しい場所だった。 きれいな川の流れるそばでのんびりしていると、天使が慌てて飛んでいくのが見えた。 「珍しいな、天使なんて…」 霊界では、人種も宗教もない。皆平等だ。 ただ、神は宗教別に色々いるため、神界では生活圏を分けている。 天使は普段神界にいるのだが、下の階層に来るなんてめったにない。 俺は気になって天使を追いかけた。 「お〜い! そこの天使たち! なにかあったのか?」 「今急いでいるんです。邪魔しないでください」 2人の天使はすぐ飛んでいってしまう。 俺は追いかけた。 ある場所で天使たちが止まり、その前に光が現れた。 「おい! 待ってくれ!」 「あなた! 追いかけて来たんですか?」 「この光の先はもしや神界か?」 「そうですが、あなたは入れませんよ。人間が入ろうとすると、押し戻されます」 「元神でも?」 「…え?」 天使は俺の目をジッと見た。 「あなたは、愛結神という神さまだったのですね。こちらに用事が?」 俺は、もしかして神界に行けば美奈子の行方がわかるかもしれないと思った。 「ああ…」 「では上のものに確認を取ってきますので、ここで少々お待ち下さい」 天使たちは光の中に消えた。 しばらく待つが、なかなか戻ってこない。 「もしかして、放っておかれてる?」 光の中から誰か出て来た。 「木蓮様?」 「紫苑!」 「やっぱり木蓮様ですね」 「遅いぞ」 「ごめんなさい」 紫苑についていくと、出口で眩しい光に目を閉じた。 目を開けると現れた神界は、光の世界という言葉がしっくりくるほど、美しい世界だ。 ちなみにここは日本の神たちが住んでいるエリアだ。 「懐かしいな」 「木蓮様。あちらに天使が来ています」 紫苑は、大きなお屋敷を指差した。 「え? あそこって天照様のお屋敷じゃ」 「天使が天照様にお願いをしに来たらしいですよ」 「あの天使たちって西洋の方から来たんだよな?」 「ええ」 天使たちは西洋の方のエリアの神の使いだ。 「なんでわざわざ。さっきも霊界で急いでたし」 「守護霊たちが集まっている場所で話を聞いてきたらしいですよ?」 「なんの話?」 「さあ…。そこまでは…」 「あのさ、俺、ある魂を探してるんだ。霊界には来てないらしい」 「…という事は、まだ成仏できていないという事でしょうか」 「たぶん」 紫苑はうーんと唸ってから、 「その方、お名前は?」 と聞いた。 「逢沢美奈子」 「ああ…木蓮様が好きな人ですね。彼女は自殺して、悪魔に契約を迫られ、魂を渡す契約をして、逆行転生したようです」 「はあ⁉︎」 「その話詳しく聞かせていただきたいですね」 振り向くと例の天使2人が怖い顔して立っていた。 2人とも女天使でけっこう美人だった。 「私たちはアーシャルとエシェルといいます」 「私たちは、大天使様の命により、悪魔ツァラオヘルを捕らえるため、こちら側に来ました」 「悪魔?」 俺と紫苑は顔を見合わせる。 「ツァラオヘルは自殺する人間を標的に契約を迫る、悪質な悪魔です。何世紀も前から、西洋で捕らえようとしていたものの、中々うまくいかず、この日本で目撃されたのを最後に行方がわからなくなっていたのです」 「そうですか…」 「守護霊たちに、最近自殺して霊界に戻ってこない魂がいないか聞いたのです。もしツァラオヘルと契約すれば、その魂は霊界へ戻らず、悪魔に飼われることになります。永遠に」 「そうなんだ」 じゃあ、美奈子はもう生まれ変われないのか。俺は寂しい気持ちになった。 「戻ってきていない魂は、逢沢美奈子さんという方の魂でした。自殺するまで守護霊をしていた方に聞きました」 アーシャルに続いてエシェルも話す。 「あなた…」 エシェルが「名前は?」と聞いた。 「紫苑です。現愛結神です。こちらは木蓮様です」 「紫苑様。先程、契約をし、逆行転生したと言いましたが…?」 「ああ、はい。逢沢美奈子さんが悪魔と契約したみたいで…」 「なぜ、わかるのですか? 見ていたのですか?」 「…見てました」 俺は紫苑を訝しげに見た。 「その悪魔がツァラオヘルだと思いますが、確認をとりたいですね」 「じゃあ、私の記憶をお見せします」 紫苑は、天照様の屋敷のとなりの建物に入る。 「ここでちょっとした会議とかするんです」紫苑は、プロジェクターのスクリーンに向かって念を送った。 スクリーンに映し出されたのは、美奈子が自殺する所から、悪魔ツァラオヘルが美奈子に契約を迫り、美奈子が願いを言ってその直後美奈子が地面に叩きつけられ、ツァラオヘルが消え去る一部始終であった。 「…っ」 俺はあまりの光景に口元を押さえた。もし肉体を持っていたら、きっと嘔吐していたであろう。 「木蓮様…」 紫苑は、俯いて黙ってしまった俺を心配したのか、そっと背中をさすった。 「…すみません。木蓮様に見せるにはあまりに酷でしたね」 「…いや、あいつの最期がわかってよかったよ。少なくとも、ツァラオヘルのおかげで、絶望に支配されたまま死んだわけじゃなかったんだって…」 「はい…」 「あなたたち、何を言っているのです? まるでツァラオヘルが救世主のような言い方をして…。ヤツのせいでどれだけの魂が悪魔界へ行ったと思ってるんですか?」 アーシャルが声を荒げた。 「すみません。そういうつもりはないのですが…」 紫苑が謝った。俺は気になった事を聞いてみる。 「一つわからないことがある。悪魔というのはこちらから契約を迫るのが普通なのか?」 「いいえ。本来は人間が悪魔を呼び出し、契約を迫るのです。悪魔を呼び出す人間は、自分の魂を売ってでも、今世の成功、名誉を欲するのです。来世のことなど考えていないのです。悪魔と契約するとはどういうことか、わかっている人たちなのです。ツァラオヘルは、悪魔と契約するのがどういう事になるのか、わからない人に声をかけるのですから、悪質と言えます」 エシェルが説明した。 「それで、ツァラオヘルは美奈子を本当に逆行転生させたのか? そのまま魂を悪魔界へ連れて行ったりしないのか?」 「悪魔は、契約者との約束は必ず守ります。そこは人間とは違い律儀なのです。約束を守らないとなれば、悪魔界の掟に背くことになり、厳しい罰を受けます。掟には、こちらから契約を迫ってはいけないとは書いてませんからね。ツァラオヘルも、掟は守りますよ」 「そうか…」 俺が納得するように頷くと、紫苑が疑問を口にした。 「何世紀も捕らえられないと言いましたが、ツァラオヘルはそんなに強いのですか?」 「ええ…かなり力は持っています。しかもこの何世紀の間にかなりの力をつけたようです。逆行転生させるくらい力をつけているとは…」 アーシャルに続きエシェルも話す。 「最近では、天使が近くに行っただけで、勘付いて瞬間移動してしまうので、このノアベーツァーも役に立たないのです」 彼女は、卵のような形の透明な玉を出した。「これは、悪魔を捕らえることのできる玉です。捕らえた悪魔は、神の裁きを受けます。裁きを受けた悪魔がどうなるのかは…ちょっとここでは言えませんね」 俺は悪魔が八つ裂きにされる光景を思い浮かべた。 「さて、ではツァラオヘルを捕らえるための作戦会議を始めましょう。他の神さまたちにもご協力いただきたいです」 「では、私が呼んできます」 紫苑は、会議小屋を出て行く。 「あー俺も行ってきますね」 俺は天使たちと一緒にいるのが、気まずくなって紫苑を追いかけた。 「紫苑」 「木蓮様。待っていてくださってよかったのですよ?」 「いや…おまえといる方がいいよ」 紫苑は嬉しそうに顔をほころばせた。 「木蓮様…」 「あ〜、おまえさ、なんで美奈子が死ぬとこ見てたの? たまたま?」 「え? あ、そう…たまたまです…よ?」 紫苑がしどろもどろになっている。 霊界では、考えただけで相手に伝わってしまうのだが、神界では、そのまま相手に伝わるとトラブルになりかねないので、バリアのようなものを張って自分の考えが読まれないようにしている。 だから、紫苑が嘘をついても俺にはわからない。ただ、紫苑は嘘が下手なので、態度でわかってしまう。 「し〜お〜ん?」 「あ…その…ごめんなさい」 紫苑は頭を下げた。 「実は木蓮様が最初の人としての人生を終えた後、ずっとあなたの魂を覗き見ていたのです」 「どういうこと?」 「好きな人の魂の行動を覗き見ることができる鏡がありまして、それを買って…」 「そんなもの売ってるのか?」 「高天原に大きな商店街がありますでしょう? そこの裏通りに非合法の屋台が出てまして…。少し値が張りましたが、つい買ってしまったのです。それで、あなたをずっと見ていて…」 「しお〜ん?」 俺は眉間にシワを寄せた。 「す、すみません!」 「それなら、聞きたいことがある。お春の魂は誰に生まれ変わったんだ?」 「美奈子さんですよ」 「マジか?」 「はい」 俺は、幸せな気持ちになった。それと同時に逆行転生した美奈子を追いかけたい気持ちにも。 「木蓮様。私が鏡を買ったこと、黙っていてくださいね。バレたら天照様にどんなお叱りを受けるか…」 「…どうしよっかな…」 「木蓮様〜」 「冗談だ。それで、俺をずっと見ていて、なぜ美奈子を見る方向に?」 「それは、木蓮様が美奈子さんの前で高熱のせいで玄関の扉を閉めてしまった後、美奈子さんの様子がどうもおかしいと思いまして、気になって美奈子さんを追いかけたのです。そうしたら、自殺をする所を見る事に…」 「紫苑、美奈子を助けて欲しかった。いや…神は人間の生き死にに関わってはならないんだったな」 「はい…」 俺の悲しそうな気持ちが伝わったのか、紫苑は俺の頭を軽く撫でた。 俺と紫苑は気をとりなおし、高台に登った。そこに拡声器のようなものがあるのだ。拡声器の横にお知らせの効果音を流すものもある。天照様が、人間界で見たものを気に入って、神界で再現させることがある。再現するのは天照様のお付きの神なのだが…。 プロジェクターのスクリーンも天照様が気に入って、お付きの神に作らせたらしい。 『ピンポンパンポーン』 『これから、会議小屋にて、天使による悪魔を捕らえるための作戦会議があります。協力できる神さまはお越しください』 『ピンポンパンポーン』 俺と紫苑が会議小屋に戻ると、神さまがだいぶ集まっていた。そこには天照様もいらっしゃった。 「天照様。お越しくださったのですね」 「紫苑…。天使たちが私の元に来て、『日本に来ているらしい悪質な悪魔を捕らえるために協力をお願いします』と頼まれたのだ。私が行かないわけにいくまい」 天使たちが前に出て、ツァラオヘルがどんな悪魔か説明した。そして、おそらく、逆行転生した美奈子のそばにいるであろうことも。 「逆行転生という事は、過去へ戻ったという事か…」 天照様が呟いた。 「はい。私たちの力では、過去へ戻るという事は出来ません。霊界や神界では、時間というものは存在しませんが、人間界では、常に未来に向かって流れています。そこを戻るには相当の力を持った天使の力が必要です」 アーシャルが説明した。 「ですが、大天使さまは日本の人間界という場所ゆえ、日本の神さまに協力してもらう方がいいのではと提案をされました」 エシェルも後に続いて言う。 「だが…逆行転生させる力を持った神は、私か月詠(ツクヨミ)くらいしかいないぞ。月詠は今、神界に帰ってきてないし」 「天照様もそうですが、おそらく神や天使のように力を持ったものが近づけば、ヤツは勘付いて逃げてしまいます」 アーシャルの言葉に天照様が「そうか!」と名案を思いついたように笑った。 「木蓮! そなたが適任だ。人間でありながら、神としての記憶も持つ」 皆が一斉に俺を見る。 「俺…ですか…」 俺はこれはチャンスだと思った。逆行転生させてもらえたら、また美奈子に逢える。悪魔との会話では、彼女は男に生まれ変わったらしいが。 それなら俺は、女に生まれ変わった方がいいかな? 俺たちは魂で繋がってる。今度もきっと恋をする。 「俺、やります。やらせてください」 「そうか」 「俺から作戦があります。まず俺が逆行転生して、また神木蓮に生まれます。俺は美奈子と…ツァラオヘルと契約した人に近づきます。そして、悪魔を捕らえる玉でヤツを捕らえます」 「その作戦ですが…」 エシェルが口を挟む。 「人間に生まれ変わるので、あなたはこのノアベーツァーを持っていけません」 「じゃあ、俺が記憶を持ったまま生まれる。それで、紫苑に預けておいてくれれば、俺が紫苑の所へ行って、その玉を受け取る」 「そうですね。でも、記憶を持ったまま生まれるのも、確実な方法ではないです。前世の記憶、神だった頃の記憶は持ったまま生まれることができるかもしれませんが、この神界での記憶は人間には覚えておけないかもしれません」 紫苑が言う。 「どうして?」 「神界には基本人間は入れない。人間が入ったのは初めてだ。幼児の頃までは前世や霊界の記憶を覚えていたりするが、神界の記憶はおそらく消えてしまう。それは、宇宙神の意思であり、私にはどうすることもできない」天照様が言った。 「では、こうしましょう。神だったころの記憶があれば、木蓮様はいずれ私のところへきます。私からも社へ来るように呼びかけます。そこで私が木蓮様に神界での記憶を呼び覚まします」 紫苑の提案に天使たちも頷いた。 「それなら、ツァラオヘルを捕らえる作戦も思い出せますね」 「では、逆行転生させるのは私がやろう。木蓮、覚悟はいいか?」 「はい」 天照様は俺に向かって手をかざし、何かを呟く。俺の体は光に包まれ、次の瞬間には、母体へと移っていた。
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