愛を教えてくれた神は今日もとなりで愛をささやく

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湊人を先程の布団に寝かせ、体温計で熱を計ると、41.0℃を示していた。 「湊人…。どうしたら…」 蓮菜が心配そうに湊人の額を触る。 「ごめんなさい。私が、安易に触れようとしたから…。神である私が触れたら、中の悪魔が私を攻撃すると気付くべきだった。悪魔が私を攻撃して、湊人さんの体に影響を…」 紫苑は、膝の上の拳を握りしめた。 「紫苑。終わったことを嘆いても仕方ない。問題は湊人の熱がどうやったら下がるかだ」 「はい…。湊人さんの熱は中で悪魔が暴れているせいで出ています。熱を下げるには悪魔を鎮静化させる必要かあります。ただ、悪魔は人間を直接殺すことができないので、ひどく苦しそうでも、湊人さんが死ぬことはないです」 「そうか…。だけど、高熱のせいで、湊人が発作を起こすかもしれない」 「発作…。湊人さんはやはり病気なのですね」 「うん。心臓が悪いらしい。薬を飲んでいれば抑えられる症状も、湊人の場合は中にいる悪魔のせいで、普通ではあり得ない不運が起こって、発作を誘発してしまう」 「そうですか…」 そこに、佐野さんの奥さんが買い物から戻ってきた。 「あなた、これでいい?」 奥さんの置いた袋には、氷と解熱剤とが入っていた。 「ああ、ありがとう」 佐野さんは氷枕を作って湊人の頭の下へ置いた。ボールに氷水を作り、浸して絞ったタオルを湊人の額に乗せる。 「そんなことするより、病院に連れて行った方が早いのでは?」 奥さんの言葉に佐野さんは、紫苑の言葉を繰り返した。 「これは悪魔のせいで出ている熱だ。病院に行っても下がらない。この氷は気休めのようなものだ。ここは私たちに任せて、君はおむすびでも作ってきてくれないか? そろそろ昼ごはんの時間だろう」 「はい」 奥さんはキッチンへ行った。 「木蓮様もお昼食べてください」 「あ…うん」 蓮菜は、確かにそろそろお腹が空いたなと思った。 「…湊人さん…ぅ…私…何もできない…私のせいで…苦しんでいるのに…ふ…ぅぅ…」 「紫苑…泣くな…泣いていたってなんの解決にも…」 紫苑の目から溢れ出る涙が、次々に花びらとなって舞った。 「そうだ…」 蓮菜は何か思いついたのか、口角を上げた。 「紫苑。もっと泣け…」 「え? それってどういう…」 「木蓮様?」 様子を見ていた佐野さんが、怪訝な表情を浮かべた。 「…紫苑…おまえ神様なのに、悪魔が体の中にいる湊人に触れたら、どうなるかわからなかったのか?」 蓮菜は冷たく言い放った。 「だって…初めてのことですもん…ヒクッ…悪魔が中に入っている人に…触れたらいけないなんて…ぅ…天使たちも教えてくれませんでしたよぉ…」 紫苑は、ポロポロ涙を零す。 「紫苑。俺が人間になるって決めたのは、おまえのことが嫌いだったからだよ」 蓮菜は冷たい目を紫苑に向ける。 「そんな…ひどいです。ふぇ…木蓮様…ひどい…ぅああああん…」 紫苑の涙が次々に花びらに変わる。 蓮菜は手近にあったお盆に花びらを集めた。お盆にはこんもりと花びらが乗っている。 「こんなものでいいだろう」 「え?」 紫苑が目をこすりながら、たくさんの花びらを見る。 「佐野さん。手伝ってください」 「はい」 蓮菜はお盆を持って、キッチンに向かっていった。 紫苑は、蓮菜が何をするか勘付いたようで、 体育座りのまま膝に顔を埋めた。 「木蓮様のバカ…」 「…ハアッ…し…おん…さま…?」 湊人が苦しそうに声を出した。 「湊人さん?」 「…泣き…声が…ハアッ…聞こえ…て…」 「…はい」 「また…蓮菜…に…ハアッ…ハアッ…泣かされたの…ですか?」 「…はい…泣かされました」 「…しお…んさま…ハッ…蓮菜は…ハッ…ハッ…しおん…さまのこと…好き…ですよ」 「…湊人さん…」 「ハアッ…ハアッ…オレがもし…死んだら…ハアッ…蓮菜のこと…頼みます…ハアッ…ああ見えて…寂しがりやなんです…よ…」 息も絶え絶えになりながら、話す湊人に紫苑は彼が死を受け入れているのだと悟った。 「ぐっ…ゴホッ…ぅあ…ああ!」 湊人が胸を押さえ苦しみ出した。 「発作? 湊人さん!」 紫苑は湊人に触れようとして、ハッと気づいた。 (また彼に触れたら…悪魔が暴れて、彼の体を蝕むことに…) 紫苑は、キッチンへ行く。 キッチンでは蓮菜と佐野さんが、紫色の液体をコップに注いでいた。 「できた」 「木蓮様! 佐野さん!」 「紫苑?」 「湊人さんが…」 蓮菜はすぐに和室へと引き返した。 「湊人!」 「ハッ…あ…ぐっ…うう…」 「発作! 湊人…」 蓮菜が湊人のズボンのポケットに入っている薬のケースを取る。 「湊人、薬…」 「…薬…ぅ…飲みたく…ない」 「え?」 「ハアッ…っう…ぐ…ああ!」 「湊人。薬飲まなきゃ…」 先程の言葉が気になったが、あまりの苦しみように、湊人の口に薬を押し込み、水も飲ませた。 「ん…ゴホッ…ゲホッ…」 「湊人…」 蓮菜が抱きしめて、背中をさすった。 「ハアッ…ハアッ…」 「大丈夫?」 少しして、胸を鷲掴みにしている手が緩んだ。 「ハアッ…薬…飲みたく…なかった…のに…」 「どうして?」 「さっき…坂のとこ…で…ハアッ…飲んでから…あまり…時間たってない…。ぅ…続けて飲むと…ハア…副作用が強く出るって…医師(せんせい)に…言われた」 「でも…あまりに苦しそうだったから…」 湊人は布団の上に座っているが、蓮菜に支えてもらっている。体を起こしている事すら辛そうだ。 「…ぅ…ハア…蓮菜…その紫の液体何?」 湊人はコップを指差した。 「あ、そうそう…湊人これ飲んで。神様の力が入った、特製の薬だよ」 「いらない…ハアッ…ゴホッ…ぅぅ…」 「中の悪魔を鎮めないと、ずっと苦しいままだよ」 「…飲む」 蓮菜は支えながら飲ませる。 「んん! 苦い〜」 思わず手で払いのけた。 「しょうがないでしょ? ほら…」 涙を浮かべながら我慢して液体を飲み干した。 「…ぅ…ゲホッ…ゴホッ…」 「全部飲んだね、えらいえらい」 湊人を寝かせ、頭を撫でると、安心したよう に眠ってしまった。 「木蓮様…。湊人さんが飲んだ薬は私の生み 出した花びらですね」 「ああ…ミキサーで粉々にし、水と混ぜ合わ せた。おまえの涙にはひとを癒す力があるだ ろう? 神使の頃から…。神様になって、涙が 花の芽や花びらなどに変わるようになって、 神の力の入った花びらが、薬になるんじゃな いかと思ってな」 「それでも、悪魔に対抗できるかなんて…」 「半分は賭けだった。でも、さっきおまえの 花びらが風に乗って湊人の手のひらに乗った んだ。その後、湊人が支えなしで歩いたか ら、もしかして…と思って」 「…木蓮様は私の涙が目当てで、あんな酷い ことを…」 「ごめんな。さっき言ったことは全部嘘だか ら」 「…いつもそうです。私が神使だった時も、村で疫病が流行りだして、私をわざと泣かせてその涙を薬として村のものに飲ませていましたね。おかげで、村は救われたわけですが、私の心は救ってくれないじゃないですか。次の日泣きすぎで声が出なかったんですよ?」 「木蓮様…それはあまりにも紫苑様がかわいそうでは?」 佐野さんが言うと、蓮菜はため息をついた。 「紫苑…ごめんな…な? 顔上げて…」 紫苑が、顔を上げると蓮菜が紫苑に口づけした。 「木蓮様…」 「私は紫苑が大好きだよ」 優しい笑みを浮かべ、頭を撫でる蓮菜。 触れられなくても感じる温かい心に、紫苑は微笑を浮かべた。 「木蓮様はずるいです。そうやってごまかすんですから…」 それでも結局許してしまう。惚れた弱みなのだと紫苑は思った。
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