愛を教えてくれた神は今日もとなりで愛をささやく

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佐野さんの奥さんが近くのコンビニから帰ってきた。 「あなた、借りてきました」 その手には、AED(自動体外式除細動器)があった。 湊人はそれを目にすると、震えだした。 「湊人?」 「怖い…」 蓮菜は湊人を抱きしめた。 「大丈夫。絶対、死なせない」 「うん」 拝殿に、湊人、蓮菜、紫苑、佐野さん、奥さんが集まった。佐野さんは、狩衣に烏帽子を被っていた。 「では、始めますが、湊人さんが苦しみ始めても湊人さんに触れないようにお願いしますね」 「はい」 「湊人さんの様子次第で、救急車を呼ぶよう言っておきました」 佐野さんの奥さんが頷いた。 佐野さんがまず、湊人と蓮菜の前で大麻(おおぬさ)を振った。その後、神前に向かい、禊祓詞(みそぎはらえのことば)を奏上する。 佐野さんが奏上していると、次第に湊人の様子がおかしくなった。 「…っ…ぅ…ぁ…」 湊人が胸を押さえ、苦しみはじめた。 「ぐ…っ…う…」 蓮菜は湊人が心配でチラチラ見てしまう。 「ぅ…あ…ああああ‼︎」 湊人が胸を押さえたままひっくり返った。 「う…あ…ああ!」 床を転がり、悶え苦しむ湊人。 そのあまりの苦しみように蓮菜は、駆け寄りたい衝動を必死に押し殺した。 佐野さんの奥さんは、いつのまにか席を外している。 ついにガクンと湊人が動きを止めた。 その体から湊人の魂が抜け出てきた。 その魂は意識がないのか、フヨフヨ浮かんでいるだけだった。 「湊人の魂! 紫苑! あの玉を…」 だが、なぜか悪魔は湊人の体から出てこない。 「どうして…出てこない。魂を連れ去る絶好の機会なのに…」 悪魔が出てこないまま、ただ時間だけが過ぎていく。 「だめだ! これ以上は! 湊人が死ぬ」 蓮菜は、湊人に駆け寄り、心臓マッサージと人工呼吸を開始する。佐野さんはAEDを湊人の体に装着した。 AEDは、ショックを与える必要がないとの声を発する。完全に心臓が止まっている場合は、意味をなさないのだと知った。 「クソッ! 湊人! 佐野さん交代してください」 「はい」 佐野さんが心臓マッサージをし、蓮菜は人工呼吸をする。 「救急車すぐ来ます」 奥さんが言った。 「…っは…」 湊人が息をした。 「湊人? 湊人!」 湊人が薄っすらと目を開けた。 「湊人〜」 蓮菜は湊人を抱きしめて、涙を流した。 「…れ…な…あ…くま…は…?」 「ごめん…失敗した」 湊人はそれを聞くと意識を失った。 「湊人?」 「気を失っただけのようですね」 佐野さんが額の汗を拭った。 「木蓮様…」 「失敗したな」 「はい」 紫苑はすまなそうな顔をした。 「なあ、紫苑。私にもう一度、神通力を戻す方法ってないかな?」 「人間のあなたにですか? うーん。そういえば、天照様のお屋敷に、珍しい木があります。その木の実は、まるで数珠のように丸くて大きさも数珠のような大きさです。透明で美しいです。名前は確か、神福珠(じんふくのたま)。天照様が前に仏教の神から頂いたものらしいです。観賞用だと仰ってましたが。その玉をいくつか手に持つと、神通力が増えるとか…。ただ、人間にも通用するかはわかりませんが…」 「そうか。だが、今はどんな可能性も大事にしたい。頼めるか?」 「はい。天照様にお話してみます」 そこに救急車のサイレンが近づいてきた。 到着した救急隊員は湊人を乗せる。 湊人と一緒に救急車に乗り込もうとした蓮菜に、紫苑が話しかけた。 「木蓮様、これを…」 紫苑が手渡したのは、小さな花の芽。 「これは、おまえの涙から生まれた芽か?」 「はい。湊人さんにご加護を…」 「ありがとう」 蓮菜は受けとった芽をポケットに入れると、救急車に乗り込んだ。 湊人が目を覚ますと、病院だった。 「湊人」 母が心配そうに見ていた。 その奥には、蓮菜と蓮菜の母、佳乃もいた。 「か…さん」 母、美紗子は涙を浮かべた。 「今先生呼ぶわね」 ナースコールを鳴らすと、すぐに医師が来た。 医師は聴診器で湊人の胸の音を聞いた。 「今は落ち着いていますね。心不全を起こしています。しばらく安静にしてください」 「はい」 美紗子が頷く。 「ただ、湊人くんは心室細動を起こす可能性が高いです。ICD…植え込み型除細動器を植え込む手術をしましょう。発作が起きたら、ICDが自動で心臓を正常に戻します」 「わかりました。お願いします」 「母さん。オレ、手術やだ…」 「死ぬよりマシでしょ?」 「…うん」 湊人の不安そうな顔を見て、医師は「大丈夫」と言った。 「難しい手術じゃないし、すぐに終わるよ」 「うん…ハア…苦しい…」 「大丈夫?」 「コホッ…横に…なってるのも…息…しづらい…」 医師がベッドのスイッチを押して、頭部分を上げた。 「どう?」 「ん…大丈夫…コホッ…ハア…ハア…」 「湊人くん?」 「…ハア…ハア…苦しい」 医師は酸素マスクをつけ、指につけた酸素濃度計を確認した。 「大丈夫かな? 何かあったら呼んでください」 医師は病室を出て行った。 「蓮菜…来て…」 湊人が呼ぶと、蓮菜は静かに彼の手を握った。 「蓮菜…泣いたの?」 赤くなった目元に指を添える。 「…湊人…ごめん…」 「蓮菜…?」 「…無理させちゃったね…」 「蓮菜のせいじゃないでしょ?」 湊人は苦しい中、安心させるように微笑んだ。 「ごめんね、美紗子。蓮菜が湊人くんを連れてどこに行ったのか…蓮菜ったら、何も言わないのよ」 佳乃が言う。 「蓮菜が心臓の悪い湊人くんを連れ回したりするから、こんな事に…」 「違うんです…オレが蓮菜に頼んだんです。だから…蓮菜を…怒らない…で…」 「湊人くん」 「佳乃。大丈夫…。湊人がこう言ってるから、気にしないで。蓮菜ちゃんも」 「はい…」 蓮菜はポケットから出したものを湊人の手に握らせた。 「…れ…な…?」 湊人が手を上げて、握った手を開く。 そこには、小さな花の芽があった。 「これ…?」 「紫苑の涙から生まれた花の芽だよ。紫苑が湊人に加護があるようにって…。きっと守ってくれる。大切に持っておいて…」 「…うん」 湊人は、それを胸のポケットに入れた。 蓮菜と佳乃は帰っていった。
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