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夜になり、面会時間が終わって、美紗子は帰って行った。
湊人は酸素マスクをつけたまま、ウトウトし出していた。
『よう。お前の病気、だいぶ悪化してきたな?』
ツァラオヘルが顕現した。
「…おまえの…せいだろ?」
『そうだな…。なあ、今日はよくも神社に行ってくれたな…。お祓いまでして、オレさまを追い出そうとしやがって…』
「魂だけになったオレを…連れて行かなかったのは…なぜ?」
『…悔しいじゃねえか…。神様の力を借りて魂を連れて行くなんて。オレさまの悪魔のプライドが許さなかったんだよ。オレさまもお前の魂の隙間に入ってるから、一緒に肉体から出そうだったけど、お前の心臓が止まった瞬間に、お前の魂から抜け出て肉体に留まったんだ。結構大変だったぜ。お前の不幸を食べ続けて力をつけたオレさまだから出来たんだけどな』
湊人はツァラオヘルを睨む。
『これだけ魔力が増えたのも、お前のおかげだ』
「…そう…」
『今日のお礼をしてやらないとな』
「…お礼?」
『オレさまを追い出そうとした礼だ。おかげで余計な魔力を使っちまった。お前の絶望を味わせてくれ』
ツァラオヘルが手を前に出し、グッと握ると湊人の首が絞まった。
「ぐっ! ぁ…が…」
湊人は首元に手を持っていくが、そこには悪魔の手はない。退かしたくても退かせない。
「あ…ぐ…っ…ぅ…」
ツァラオヘルが手を開く。
「ハッ…ハッ…ゴホッ…ゲホッ…」
悪魔はペロリと舌舐めずりをした。
『美味いな。もっとお前の絶望を食わせろ』
「ハアッ…ハアッ…悪魔…は…人間を…殺せない…んだ…ろ?」
『ああ。お前を殺そうとしてるわけじゃない。殺せないから、ずっと苦しむ。意識を失うこともできないからな…』
ツァラオヘルはもう一度手を出し、握る。
「ぐ! っ…ぁ…」
湊人はハッと思い出し、震える手で胸ポケットに入れた花の芽をつまむと、悪魔に向けてかざす。
『ふん! なんだ? そんなも…の…⁉︎』
ツァラオヘルは、驚いて手を開いた。
「ぐっ…ゴホッ…ゲホッ…ハアッ…ハアッ…」
湊人はその芽を悪魔に向けて投げた。
『うわ!』
花の芽が悪魔の足に当たり、当たったところから、煙りが出た。
『く…よくも…。だが、オレさまの本体はお前の中だ。こんな攻撃痛くもない』
「…っ…ハアッ…ぅ…ぐ…ああ!」
湊人が胸を押さえて、苦しみ出した。
『…発作か?』
「ハアッ…う…あ…」
ナースコールを押すと、看護師の「すぐ行くわね」という声が聞こえた。
「ハアッ…ハアッ…」
『苦しそうだな』
ツァラオヘルは、ペロッと唇を舐めた。
看護師が病室に入ってきて、湊人の様子を見る。
「湊人くん? 大変、佐藤さん、先生呼んできて」
「はい」
佐藤と呼ばれた看護師は急いで出て行った。
「ハアッ…ハアッ…」
「湊人くん。大丈夫…すぐ先生来るから」
看護師が酸素濃度を調節する。
『ククッ…』
ツァラオヘルが喉の奥で笑った。
湊人が、悪魔を睨む。
『お前にとっての一番の不幸とは何か、オレさまにはわかったぞ』
「なに…を…」
「湊人くん?」
看護師が訝しげに見る。
『お前の彼女…あいつの心が離れていく…。それがお前にとっての一番の絶望だろ』
「…っ…く…」
『図星か? おまけにクラスメイトの誰かを彼氏にしてやろうか…。お前の絶望はどれだけ深いものになるんだろうな?』
「や…めろ…」
「湊人くん?」
「ハアッ…ハアッ…それだけ…は…やめ…ろ…」
「湊人くん。どうしたの?」
湊人が空中に向かってぶつぶつ言うので、看護師は不安になる。
『じゃあな』
ツァラオヘルが煙りとなって湊人の中へ戻っていった。
「…ぁ…ハアッ…待て…蓮菜…に…ぅ…ぐあ!」
「湊人くん⁉︎ 湊人くん!」
湊人は、意識を失った。
「ん…」
湊人が目を覚ますと、朝だった。時計は午前5時を指している。
「…朝…。昨日オレ…確か…」
発作を起こし、意識を失った。その前は…。
「ツァラオヘル…蓮菜…」
ツァラオヘルが蓮菜の心を自分から遠ざけると言っていた。
「蓮菜…」
湊人はベッドから降りて、ケータイを持ち、廊下を進んだ先の、携帯電話使用許可場所まで移動した。
蓮菜に電話をかける。コール音が鳴るだけで、出る気配はない。今はまだ寝ている時間だからかもしれない。
「蓮菜…」
湊人は病院の出口に行くため、階段へ向かった。
「湊人くん? どこに行くの?」
看護師が湊人の前に立ち塞がる。
「どいてください。蓮菜が…」
「湊人くん。あなたまだ安静にしてなきゃダメなのよ。ほら、病室に戻ろうね」
「やだ…蓮菜が…蓮菜…」
「蓮菜ちゃんならきっと、また来てくれるよ」
湊人は首を振った。
「蓮菜がオレから離れていっちゃう…っ…」
湊人は胸を押さえて、蹲った。
「湊人くん!」
看護師の焦る声を最後に、意識が遠のいていく。
「…っ…」
目を覚ました湊人は、目の前に不安そうな母の顔を見た。
「湊人…」
「母さん」
母はナースコールで湊人が目を覚ましたと報告した。
すぐに医師が病室に来た。
湊人の胸の音を聴診器で聞くと、頷いた。
「手術ですが、明日の10時からでいいでしょうか?」
「はい。大丈夫です」
「では、手術の説明と承諾書のサインなどありますので、こちらにお願いします」
医師は母とともに病室を出て行った。
湊人は時計を見る。午前8時前。
「蓮菜…。今なら登校前に会えるかな?」
湊人はそっと病室を出て、医師や看護師に見つからないように気をつけながら病院を出た。
「ハア…ハア…」
息が切れ、めまいがする。休みながら歩いて、なんとか蓮菜の家の近くまで来た。
蓮菜が目の前を歩いていた。
「…ハア…蓮菜…」
話し掛けようとしたその時、横の道から学ラン姿の男子が来て、蓮菜に声をかけた。
「おはよ! 蓮菜」
「おはよう」
男子は石田悠希。湊人と蓮菜のクラスメイトだ。
湊人が倒れた時、助けてくれた。
なかなかのイケメンで、女子から人気が高い。
蓮菜と石田は恋人同士のように、仲良く手を繋いで歩いていく。ツァラオヘルの言った通りになっていた。
「…蓮菜!」
湊人が呼ぶと、蓮菜が振り返った。
「…えっと…あなた…。確か、逢沢くんだよね、同じクラスの…」
「!…蓮菜…」
湊人は絶望に襲われた。
「その格好…入院してるんだよね? 病院抜け出して来たの? 早く戻った方がいいよ」
「蓮菜、早く行こう。遅刻しちゃう」
石田が蓮菜の腕を引いた。
「うん。そうだね」
蓮菜と石田が歩いていく。湊人は、自分のことをただのクラスメイトとしか認識していない蓮菜に、只々ショックで立ち尽くした。
「…蓮菜…待って…蓮菜…」
湊人は少しずつ足を前に進めた。
「蓮菜!」
そして走り出した。
「…っ…ぐ…ぅ…あ…」
心臓が異常に速く鳴って、呼吸がしづらい。
湊人はその場に倒れ込んだ。
「…ハアッ…ハアッ…れ…な…」
意識が遠のいていった。
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