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(何か聞こえる。赤ちゃん? 泣いてる…)
美奈子は目を開けた。よく見えない。
今、大声で泣いているのは、自分自身だった。
(私、赤ちゃんになってる)
美奈子は思った。自分は生まれ変わったのだと。けれど、前世の記憶がある。こんなパターンもあるんだ。
今世こそ幸せになりたい。美奈子の心は希望に満ち溢れていた。
「おめでとうございます。逢沢さん。頑張りましたね?」
看護士の声に耳を疑った。
(逢沢? 確かに今、逢沢と言った。まさか…)
産まれたばかりの赤ん坊の目は、ほとんど見えない。だが、母に抱っこされ、その顔が間近に迫った時、疑惑は確信に変わる。
ぼやけてはいるが、見覚えのある目、鼻、口、顔の輪郭。その全てが前世で母であった逢沢美沙子だと物語っている。
美奈子は、絶望に打ちひしがれた。何故よりによって、もう一度自分に生まれ変わらなければならないのか。
「かわいい男の子が産まれて良かったな」
父らしき人物の声。
(男? 今男の子が産まれて…って言った?)
美奈子は、自分がもう一度同じ両親から、今度は男として生まれたのかと、自分の体を確認したいと思った。だが、産まれたばかりの体では、手足も自由に動かせない。決定的な証拠が見たいのだが…。
しばらくして、母と自分がいる病室に祖父がやってきた。
「男の子が産まれたか。でかしたぞ、美沙子さん」
美奈子は確信した。やはり自分は男として生まれ直したのだ。祖父が自分にむけた満面の笑みは、前世では見たことがなかった。
自分の名前は、前世での『美奈子』から『湊人』に変わった。
湊人は、両親の愛情を一身に受けながら、すくすく成長した。前世での酷い扱いが嘘のように、祖父も自分に優しい。
男の子に生まれ直せて幸せだ。と思う湊人だが、「そもそも、時代遅れの男尊女卑な考えを持つ祖父がいけないのだ」とも思う。
しかし、祖父自身も曽祖父にそういう考え方を押し付けられたらしい。先祖代々受け継がれているのなら、仕方がないのかもしれない。
(それなら自分の代で、終わらせればいい)
湊人は、自分に子どもができても、祖父のような考えを引き継がせたりはしないと確信していた。前世の記憶があるがゆえに、心は女性だからだ。
湊人は幼稚園に入園した。
そこで、前世で好きだった男の子、神木蓮にあった。
だが、なぜか今世では女の子になっていて、名前も蓮菜になっていた。
彼女が蓮だと人目でわかった。顔つきも一緒だったから。
前世では、小さい頃は仲良しだった。小3くらいから、一緒に遊ばなくなった。それは、年頃になり、男子は男子同士、女子は女子同士で遊ぶようになっただけなのかもしれない。
けれど、もし、蓮と小さい頃のように仲良くしていれば、前世での運命が変わっていたのだろうか。
今となっては、生まれ変わったこの世界の方が幸せだから、なんともいえない。
蓮菜は男の子からモテモテだった。可愛い顔をしている蓮菜。湊人は面白くなかった。
こっちは前世から好きだったのだ。そこら辺の男に取られるのは我慢ならなかった。
自分はどうやら蓮が女の子だろうと男の子だろうと関係ないようだ。
「蓮菜。一緒に遊ぼうよ」
「ごめん。今たっくんと遊んでるから」
こちらが声をかけても、他の子と遊んでいるといつも断られた。
そのうち、「私たっくんと結婚する」と蓮菜が言い出した。
幼稚園くらいの歳には良くある光景だが、それを聞いて湊人は完全にぶち切れてしまった。
「蓮菜、なんで? なんでコイツなの?」
「え?」
「オレの方が蓮菜を幸せにできるよ」
湊人は、一気に捲したてる。蓮菜はキョトンとしていた。
「じゃあ、湊人くんとも結婚する」
「え?」
「いいよね。たっくん」
「うん。いいよ」
たっくんはニコニコしている。
湊人は力が抜けた。
(私ったら、幼稚園児相手に何言ってるんだろう…。もう少し成長してからじゃないと、蓮菜を振り向かせられないよね…)
湊人は余計なことを言うのをやめた。
小学生になった湊人は、蓮菜と同じクラスになった。
そこで出会ったのは、前世で自分を散々いじめた、いじめっ子リーダー中田桃華だった。
桃華は見た目はかわいいので、男子からモテていた。
「中田さんって可愛いよね」
蓮菜が言う。
「蓮菜…。オレはそう思わない。蓮菜の方が可愛い」
「え?」
「だいたい顔が良くても、性格は最悪だから…」
「湊人、中田さんと知り合い? 幼稚園違うのに」
湊人はハッとした。前世の記憶を持っているのは、おそらく自分だけだ。
まだ桃華は何もしていない。これからする可能性はあるけど。
クラスメイトは前世と全く同じだが、だからと言って同じ事が起きるとは限らない。
前世と性別が変わって生まれた自分と蓮菜のように、運命を変える事もありえる。
そもそも、男として生きている今世では、桃華にいじめられる可能性は低いだろう。
「湊人?」
考え事をしていて、蓮菜の呼ぶ声に気付きかなかった。
「あ、ごめん。えっと、中田さんの事だよね? 知り合いじゃないけど…。なんとなく…」
「なんとなくでそんな事言ったらダメだよ」
「う、うん」
湊人は冷や汗をかいた。
「でも、私のこと可愛いって言ってくれてありがとう」
「うん…」
「湊人もね、イケメンだよ…」
「え? 本当?」
「うん」
前世で散々「ブス」だの「キモい」だの言われていたせいか、自分の容姿には自信がなかった。
でも、今の自分の顔は、前世の時と、そう変わらない。だから、前世では別に自分はブスじゃなかったんだと気付いた。
蓮菜が気づかせてくれた。
ふと、蓮菜が自分をジッと見つめているのに気づいた。
「蓮菜?」
「湊人…」
蓮は手を伸ばして、湊人の髪の毛を何度か指で撫で下ろした。
「な、なに?」
湊人は顔を赤くした。
「なんかゴミみたいのが付いてる気がしたんだけど…」
「そ、そっか」
蓮菜がたまに、自分の髪を撫でてくる謎の行動は、その後もしばらく続いた。
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