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湊人は小6になった。
蓮菜とは相変わらず仲良しだ。お互いの家に行って遊んだりもした。
蓮菜の事が好きだけど、告白しても振られるかもと思うと、なかなか勇気が出なかった。
桃華は湊人はもちろん、誰かをいじめたりはしていないようだ。
前世で小5の時にいじめられ始めたから、もしかしたら誰かをいじめているかもと注意深く見ていた。
前世でされた仕返しをしたいなんて、考えていた湊人は、前世の記憶のない桃華に仕返しするなんて、自分がいじめっ子になってしまうところだった。と、反省していた。
蓮菜はますます男子からモテるようになり、良く呼び出されている。
湊人も女子に良く告白されるようになった。
湊人は好きな人がいるからと断っていた。
蓮菜も断っているようだった。蓮菜が誰かの事を想い続けているんだと知って、湊人は胸が苦しくなった。
ある日、学校につくと、またまた湊人の机の中に手紙が入っていた。
「また湊人にラブレター? ホントモテるよな? 羨ましい」
「いつも断ってるみたいだけど、理想が高いのか? 誰かと付き合ってみたらいいのに」
クラスの男子の声を無視し、手紙を開く。
『お話があります。お昼休みに中庭に来てください。中田桃華』
まさかの桃華からの手紙だった。
昼休み。中庭に行くと、桃華が待っていた。恥ずかしそうに手をモジモジしている。
湊人は、桃華の態度にイラッとしてしまう。
前世で男子にクラスの仕事を変わって欲しい時などに使っていた、媚びの売り方だった。
「桃華ね。湊人くんの事が好きなの…」
上目使いで、可愛らしく言う姿を見て、普通の男子なら落ちるんだな…と思う湊人だった。
自分をいじめていた女に告白された元女が、ドキッとすらするわけがない。
「あ〜、悪いんだけど…オレ…」
好きな人いるから。と言おうとして、閃いた。前世での仕返しに、桃華に何かしら嫌がらせをしたいと考えていたが、あまりに露骨な嫌がらせをすると、こちらが悪者になってしまう。だいぶ前に仕返しなんてしないと反省したつもりだが、やはり何かしらしないと気が済まない。
ここで桃華と付き合うことにして、彼女の友達に言えない悪行を見つけ、それを理由に酷く振ってやろう。
湊人は自分が悪者にならないような嫌がらせを思いつけたことに、にやりと笑った。
「オレもお前の事気になってたんだ。付き合ってもいいよ」
「ホント? 桃華嬉しい!」
桃華は湊人に抱きついた。湊人は悪寒が走りブルッと震えた。
(ガマンガマン…計画のためだ)
湊人は、笑顔を取り繕う。
「湊人、中田さんと付き合うことにしたんだって?」
昼休みの終わり頃、蓮菜が話しかけてきた。
「え? もう、知ってるの?」
「中田さんが言ってたんだ。湊人くんと付き合う事になったって…」
「…そう」
「…でも、中田さん。この間、石田くんに告白して振られたらしいけど…」
「え?」
「中田さんって心変わり早いんだね」
「…それって…本気でオレを好きなのか、わからないよな?」
「ん〜? でも、良かったんじゃない? 湊人も好きだったんならさ。付き合えて…」
「蓮菜は、オレが中田と付き合っても、イヤじゃない?」
「え?」
蓮菜はキョトンという顔をしていた。
「あ、なんでもない」
湊人は慌てて走り去った。
湊人は蓮菜の気持ちを確かめるような質問をした事を後悔した。
あの様子では、自分の事を友達以上に見てはいないだろう。
「ふ…っ…ぅ」
溢れてきた涙を拭う。
嗚咽が漏れないように口を押さえた。
トイレに駆け込み、個室でひとしきり泣いて、落ち着いた。
教室に戻ろうと思い、個室を出てカガミを覗くと、目が真っ赤になっていた。泣いたのが丸わかりだった。
この顔を蓮菜に見せたくない。
湊人は、保健室に行き体調不良を訴えて、早引きすることにした。
家に帰り、布団をかぶってジッとしていたら、買い物から帰ってきた母が様子を見に来た。
「湊人? 具合悪いの?」
「…うん」
「熱は?」
「…ない」
「病院行く?」
「…いい」
「でも…」
「いいから、ほっといて」
母は静かに出て行った。
今世の母は過保護気味だ。思えば、前世では弟に対して過保護だったなと思い出した。
今世でも2歳年下の弟がいる。自分に過保護気味のせいか、弟に対してはそれほど過保護ではないようだ。
中学受験するように言われたが、蓮菜と離れるのがイヤだから断った。それでもしつこく言ってきたが、成績があまり良くないので、諦めたようだ。弟は頭がいいので、前世と同じく中学受験するようだ。
しばらくして、母が部屋にやって来た。
「湊人」
「何? ほっといてって言ったでしょ?」
「蓮菜ちゃんが、ランドセル持ってきてくれたわよ?」
湊人は布団から出て玄関に向かう。
ドアを開けると蓮菜がいた。
「湊人、具合どう? ランドセル忘れてったでしょ?」
蓮菜は湊人にランドセルを渡した。
「中に宿題のプリントも入ってるよ」
「ありがとう」
「あの…湊人が中田さんと付き合うの…本当は私、いやなんだけど…」
「え?」
「だって、私…湊人の事…好きだから…」
蓮菜は頬を染めて俯いた。
「…蓮菜…」
「ごめんね。困るよね? 湊人は中田さんが好きなんだもんね…」
「違うよ。オレは蓮菜が好きなんだ」
「え? 本当に?」
「うん。幼稚園の時から好きだった」
「じゃあ、なんで中田さんと付き合うことにしたの?」
「それは…。オレ、実は小学校入る前、中田と会ったことあるんだ。それで、その時いやな事されてさ…。だから、仕返ししたくて、告白OKして、後で酷く振ってやろうかなって…」
正直に話した。本当は会ったのは前世だが、今そんなことを言っても理解はしてもらえないだろう。
正直に言った事で、蓮菜に嫌われる可能性もある。
「仕返しとか考える男なんて、いやだよな?
嫌いになったんなら、なったって言って…」
蓮菜をチラ見すると、彼女は「そっか」と呟いた。
「よほど酷い事されたんだね。そんなに昔の事で仕返ししたいって事は…」
「う、うん」
「でも、仕返しとかダメだと思うよ? 中田さんに正直に話して謝ろうよ。昔された事がいやだったんなら、それも話してみたら? きっと、向こうも謝ってくれるよ」
「いや…それは…」
前世の事を説明しても、相手に記憶がない以上どうしようもない。
「う〜ん。とりあえず、やっぱり中田とは付き合えないって言うよ」
「うん。そうだね」
次の日、蓮菜と待ち合わせて、2人で学校に行くと、トイレから出てきた桃華が女友達と談笑しているところに出くわした。
「でもさ、桃華ちょっとヒドいかもよ? 湊人くんがイケメンだからって、『イケメンの彼氏がいる』自慢したいがために、湊人くんと付き合うなんて」
「だって、石田くんに振られたから、湊人くんしかいないし…。従姉妹が自慢してくるんだもん。イケメンの彼氏が出来たって。写真見せてもらったけど、石田くんと湊人くんの方がかっこよかった」
教室に向かう桃華たちがそんな話をしている後ろで、まさか、本人が聞いているとは思っていないのだろう。
「中田さん」
湊人が声をかけると、桃華はビクッとして、後ろを振り向いた。
「み、湊人くんどうしたの?」
桃華は気まずそうに、一緒にいた友達を見た。
「さっきの話ってさ、ホント?」
「…やだな〜、ホントなわけないじゃん」
「中田さん。オレ、君と付き合うって言ったのなかった事にしてほしいんだ」
「え?」
「オレ、本当に好きな人と付き合う事になったんだ」
「そんなの、ひどくない?」
「ごめん」
「誰よ? 好きな人って」
湊人は蓮菜をチラ見してから言った。
「蓮菜と付き合う事になったんだ」
「ふざけないで! 絶対別れないから!」
桃華は教室へと走って行った。
昼休み。湊人と蓮菜が廊下を歩いていると、クラスメイトの、山田姫乃が蹲っていた。
「どうしたの?」
「あ、えっと…」
姫乃の前髪は長く、メガネをかけていて、その瞳はほとんど見えなかった。
「さっき、校庭から戻ってきて、上履きを履いたら、画鋲が中に入ってて、踏んじゃって…保健室まで歩こうとしてたけど、痛くて」
湊人には、この手のいじめは覚えがある。
前世で桃華にやられた事があった。
「無理しないで、オレが保健室までおぶってってあげるよ」
「え?」
湊人は姫乃の前に腰を下ろした。
「ほら乗って」
「う、うん」
湊人は姫乃を背におぶって歩いた。
「山田さん大丈夫?」
蓮菜が姫乃を後ろから支えている。
「逢沢くん、重くない?」
「重くない。山田さん軽いよ。ちゃんとご飯食べてる?」
「…うん」
保健室について、姫乃を先生に預けた。
「ありがとう。逢沢くん。神木さんも…」
姫乃は恥ずかしそうに俯いた。
放課後。帰るため、湊人と蓮菜は昇降口に向かった。
「あ、ごめん蓮菜。オレ教室に忘れ物した。先行ってて。すぐとってくる」
「私も一緒に行く」
「うん」
湊人と蓮菜が教室に着くと、中から女子の言い争う声が聞こえた。
そっと中を覗くと、桃華とクラスの女子の3人で、姫乃を追いつめていた。
「昼休みのあれなに? なんであんたが湊人くんにおぶられてるのよ?」
「…足痛くて…」
「桃華が仕掛けた画鋲踏んで、おいしい思いするなんて…」
湊人は、納得した。
やはり、画鋲の件は桃華の仕業だった。
前世でいじめられていた湊人の代わりに、大人しい姫乃がターゲットになっている。
今世で自分がいじめられない代わりに、誰かがいじめられるなんて、そんなのは許せなかった。
「ムカつくのよ。あんた見てると」
桃華が姫乃の髪を引っ張り始める。
「やめろ」
湊人は、3人の間を抜けて姫乃の前に立ち塞がる。
「逢沢くん」
姫乃が消え入りそうな声で言う。
「大丈夫だよ」
湊人は優しい声をかける。
「湊人くん、邪魔しないで」
湊人は深呼吸してから言った。
「弱いやつをいじめるなんて、最低だよ。山田さんが何かしたの? 気に入らないからいじめるなんて、人間として最悪の行為だ」
湊人は、前世で言いたかった事を思い切り声に出した。
心の奥にあった黒いモヤが晴れたような、すっきりした気持ちになった。
(前世でこんな風に言えたなら、自殺なんてしなかったんだろうな)
「オレ、いじめをするヤツって大嫌いなんだ」
「山田さんかわいそうだよ」
蓮菜が言った。
「神木さん。あんたもムカツク。他人の彼氏盗るなんて、許せない」
桃華は、そばにあるロッカーに誰かが置いていた重い辞書を手にとって、蓮菜にむけて振り下ろした。
「っ!」
湊人はとっさに蓮菜をかばう。頭一つ分小さい蓮菜に覆い被さる。
ーゴッ!
重い音がして、湊人の後頭部に辞書が直撃した。
「うっ!」
湊人は気を失った。
次に気がついた時には、保健室のベッドの上で寝かされていた。
「湊人?」
「蓮菜…?」
蓮菜は目に涙をためていた。
「湊人…。ごめん。私をかばって…」
蓮菜は、嗚咽をもらしながら泣きだした。
「蓮菜…」
湊人は起き上がった。頭にズキッと痛みが走る。
「うう…痛っ…」
頭に触れると、包帯が巻かれていた。
「湊人、無理しちゃダメだよ」
「うん」
「湊人が倒れて、動かないから、私、死んじゃったらどうしようって…」
「大げさだよ…?」
湊人は、ギョッとした。蓮菜の涙がますます増えて、鼻まですすっている。
「蓮菜?」
蓮菜は湊人の背中に手をまわし、胸に顔を埋めて泣いている。湊人は蓮菜の頭を撫でた。
しばらくして、蓮菜が静かに呟いた。
「大事な人を喪うかもしれない恐怖なんて、湊人にはわからないでしょう?」
「…蓮菜は誰か大事な人を亡くした事があるの?」
「…うん。その人を助けられなかったこと、後悔してた」
「…してた? 今は?」
蓮菜は顔を上げて湊人の頭を抱えると、唇にキスをした。唇を離して、蓮菜は言った。
「今は、してない」
蓮菜が言っている事は、良くわからない。けれど、今の蓮菜が幸せそうだから、今は後悔していないと言うのなら、それでいいと思った。そして、自分も幸せだと湊人は思った。
「キスしてた!」
声のした方を見ると、ドアのそばで顔を赤くした桃華が立っていた。
「うん。中田さんごめん。オレは蓮菜が好きなんだ。一度は告白OKしちゃったのに…。ホントごめん。君にイジワルしようと思って、付き合うって言っちゃったんだ」
「…イジワル…?」
「うん。オレ、ホントに昔から君の事嫌いだったから…」
桃華はショックを受けたような顔をした。
「桃華…湊人くんに何かした? 覚えてないけど…もし、何かしてたんなら謝るから…。だから、友達ではいさせてよ…」
桃華が泣きそうな声で言った。
「蓮菜に謝ってね」
「え?」
「蓮菜を辞書で殴ろうとしてたでしょ?」
「あ…ごめん…なさい…」
桃華は、蓮菜に頭を下げた。
「中田さん。湊人にも言う事あるんじゃない? 友達でいられるかどうかは、それ次第なんじゃないの?」
蓮菜が声を荒げた。
「えっと…。ケガさせちゃってごめんなさい」
桃華は頭を下げて謝った。涙が下にポタポタ落ちる。
肩が震え、しゃくり上げながら泣きだした。
「中田さん…」
湊人は、ベッドから降りて、桃華の側へ歩いた。
「こっちこそ、君の心を傷つけるような事して…っ…」
話している途中で、目の前が暗くなり、膝から崩れ落ち倒れた。
「湊人!」
「湊人くん?」
「…っ」
湊人が目を開けると、視界はまだボヤけていた。蓮菜の顔が良く見えない。
「湊人? 大丈夫?」
「……れ…な…? みえ…ない」
蓮菜が驚いているのがなんとなくわかった。
(あ…余計な事言ったかも…)
「中田さん、保健室の先生は?」
「たぶん、職員室」
「呼んできて! 湊人の様子がおかしい」
「うん」
桃華は足早に保健室を出ていった。
「…ハアッ…れ…な…ハッ…ちがっ…オレ…ハア…ハア…」
「湊人、苦しいの? 無理に喋っちゃ…」
おそらく、血圧が一時的に低くなって倒れただけだ。息切れもそのせいだが、呼吸がしづらいせいで、うまく喋れない。
「ハアハア…」
「湊人…湊人…」
蓮菜はまた泣きそうになっている。
(安心させてあげなきゃ)
「ハアッ…れ…な…」
まだ体が動かない。
「だき…しめて?」
「うん」
蓮菜はぎゅっと湊人を抱きしめた。
「蓮菜。あった…かい」
「うん。湊人は少し冷たい。 もう苦しくないの?」
「ん…。もう平気…」
蓮菜はホッとしたように息を吐いた。
蓮菜が湊人を体から離そうと、肩に手をかける。
「蓮菜…ごめん、もう少し、このままで…」
「湊人?」
「まだ頭がクラクラして、体に力入らない」
「…大丈夫?」
湊人は顔を上げると、蓮菜の唇にキスをした。
「湊人…」
「蓮菜…。オレは蓮菜を残して死んだりしない。だから、そんなに、不安そうな顔をするな…」
「うん…」
そうして、湊人はまた眠るように意識を失った。
湊人が目を覚ますと、両親と弟がいた。
「湊人?」
「なんで母さんたちがここに? っていうかここどこ?」
いつのまにか保健室から移動している。
「ここは病院よ」
「病院? なんで…」
「学校から連絡来て、あなたが学校で殴られて、倒れたって聞いて、行ったら蓮菜ちゃんが、『一回目を覚ましたんです。でも、また倒れちゃって』って言うから、車に乗せて病院にきたのよ」
「そう…蓮菜はどこ?」
「もう、7時になるから帰ってもらった」
父が言った。
「そう…」
「湊人? 具合はどうなの?」
「大丈夫だよ。ちょっと頭痛いだけだから」
「まあ、まだ痛いの?」
「母さんは心配症だな。大したことないって」
湊人は、体を起こした。すると、また急に血圧が下がったのか、クラッとして倒れそうになり、慌てて母が支えた。
「湊人?」
「…あ…ごめ…ハァ…ハァ」
母は湊人を横たえ、ナースコールを押した。
『どうしました?』
「湊人が目を覚ましたんですが、苦しそうで」
『すぐに行きますね』
ナースコールを置いて、母は湊人の頭を撫でた。
医師がやってきて、湊人の診察をした。
「大丈夫でしょう。めまいや息切れがしたとの事ですが、おそらく脳しんとうの一時的な後遺症で、心配はいらないかと…。まあ、念のため、検査はしておいた方がいいかもしれません」
「お願いします」
「意識を失っているので、念のために今夜は入院してください」
「え? 入院? 大丈夫ですよ」
湊人が言うと母がため息をついた。
「先生の言う通りにしなさい」
「…はい」
医師が病室を出て行くと、父が改まって言った。
「湊人、お前にけがさせた中田桃華さんとそのご両親が、廊下で待機しているんだが…」
「はあ? なんで」
「湊人がまだ目を覚まさないから、意識が戻るまで待っていてもらったんだ」
「起こしてくれて良かったのに」
「意識を失っている状態で、そんな事できないわよ」
桃華と中田夫妻が病室に入ってきた。
桃華は、目を真っ赤にして、たくさん泣いた事がわかった。保健室でも泣いていたが…。
「この度は、娘が湊人くんにケガをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした」
桃華の父は、申し訳ないくらいに頭を下げている。桃華の母も桃華自身も腰を曲げるくらい頭を下げていた。
「あの…、オレなら大丈夫なんで、頭上げてください。さっきも中田さ…桃華さんに謝ってもらったし…」
湊人は3人の態度に戸惑った。
「湊人くん、許してくれるんだね?」
桃華の父が顔を上げる。
「…桃華さんが謝るべきなのは、オレじゃないでしょ?」
「え?」
「山田さんでしょう? 彼女をいじめていた事、ちゃんと謝ってね」
「桃華、それは本当?」
桃華の母が、彼女の目を見て言った。
「う、うん…」
「まさかお前が、いじめをするなんて…」
桃華の父は、こめかみを押さえる。
「…えっと…ごめん…なさい」
桃華は消え入りそうな声を出した。
「山田さんにちゃんと謝るって、約束してくれる? もう、彼女をいじめないって」
「湊人くん…でも…」
「約束…してくれるよね?」
湊人は桃華の手を握って、彼女の目をジッと見つめた。
「…う、うん…」
桃華は頬を染めて、頷く。
湊人は桃華の目元をそっと指で触れた。
桃華は、恥ずかしそうに目をつむる。
「それにしても、目真っ赤だね? ずいぶんお父さんとお母さんに怒られた?」
「…えっと…湊人くんのお父さんに怒られた」
「え?」
湊人は父を見る。
「当然だろう? うちの大事な長男にケガをさせたんだ。後遺症でも残ったら、訴えてやると言ったんだ」
この父なら、それ以外にも、桃華を否定する言葉を色々言ったに違いない。
湊人は小声で話す。
「中田さん。父が色々言ったと思うけど、気にしないで。昔から、女に厳しいんだ」
「そうなの?」
「父が泣かせちゃってごめん」
桃華はふるふると首を振った。
湊人はふと、不思議に思う。桃華に優しく出来ている自分に。
きっと、前世で言いたかった事を言えて、スッキリしたからなのだろう。
中田一家が帰って行った。
湊人は
「検査結果で後遺症が出たら、本当に訴えるの?」
と聞いてみた。
「あたり前だろう」
父ならやるだろう。
現在、市議会議員である父は、選挙で選ばれ続けていて、何期も続けている。
父が裏で手を回して、中田一家を破滅の道に追い込まないか、不安だった。
「明日検査するよ」
様子を見に来た医師に言われた。
(どうか後遺症が出ませんように…)
次の日脳の検査を受けた湊人は、結果が出るまで3日かかるので、もう退院していいと言われ、午前中には家に戻った。
自室で本を読んでいると、玄関のチャイムが鳴った。
「湊人、クラスの女の子が来たわよ。山田さんって子」
「山田さんが?」
時計を見ると、もう学校が終わっている時間だった。
玄関先で姫乃が待っていた。
「逢沢くん。ケガ大丈夫?」
「うん。大したことないよ」
「あの、逢沢くん。助けてくれてありがとう」
「あ、うん」
「ちゃんと言ってなかったから…」
姫乃は、恥ずかしそうに俯いた。
「それからこれは、学校からのプリント」
姫乃は畳まれた紙を渡した。
「あ、ありがとう。今日、蓮菜は?」
「ちゃんと学校来てたよ。今日のプリント届けるの、私も行くって言ったら、『自分はいいから、山田さんが行って』って…」
「そう…」
「今日、中田さんがね、今までごめんって謝ってきたんだ。もういじめないって約束してくれた」
「そっか。良かったね」
「うん」
「…山田さんさ…」
湊人はおもむろに、姫乃の前髪をかき分け、メガネを取った。
「逢沢くん⁉︎」
姫乃は、慌ててメガネを取り返す。
「何するの?」
「ごめん…でもさ、山田さん前髪切った方がいいよ。メガネも替えた方がいいと思う。せっかくかわいい顔してるんだから」
「え…」
姫乃は恥ずかしそうに俯いた。
「かわいい? ホント?」
「うん。オレが保証する」
「…そっか…」
姫乃が帰って行くと、物陰から蓮菜が現れた。
「蓮菜? いたの?」
「湊人ってモテるよね…」
「はあ?」
「山田さんに『髪切った方がかわいい』とか言って」
「だって、それは…」
前世で自分が言ってもらいたかった言葉だった。その一言があるだけで、きっと自分に自信が持てたはずだ。
(…前世で蓮が私に言ってくれていたら…)
湊人は蓮菜を気付かれないように見る。
蓮菜は、少しふくれっ面をしていた。
(もしかして…)
「蓮菜…もしかして、ヤキモチ?」
蓮菜は頬を赤らめている。
「…プリント届けるの、山田さんに一人で行ってって言ったんでしょ? 覗き見してるくらいなら、一緒に来れば良かったのに」
「…山田さんが、湊人にお礼を言いたいんだなって思ったから。あの子恥ずかしがりやだから、私が隣にいたら言いにくいんじゃないかと思って、私なりに気を使ったんだよ」
「…そっか」
3日後、湊人は学校に行った。
「蓮菜、おはよう」
「湊人! 休みすぎだよ」
「オレも早く学校来たかったんだけど、母さんが『検査結果が出るまで大人しくしていなさい』って、家から出してくれないから」
「私が湊人の家を訪ねても、『まだ体調悪いから、ごめんね』って追い返され続けたのはそのせいか…。ホントに脳に後遺症出たんじゃないかって心配してたんだよ?」
「…ごめん」
「結果は?」
「問題なかったよ」
「そっか」
蓮菜はホッとしたように微笑った。
「オレの母さん過保護すぎて…大丈夫だから学校行きたいって言っても、『お願いだから、結果出るまでは家にいてよ』って泣かれちゃったから、大人しくしてた。おかげで暇でさ、6年生の復習してたよ」
「へ〜、偉いじゃん? もうすぐ中学生だし…」
湊人と蓮菜が話をしていると、「逢沢くん」とかわいい声がした。
そこにいたのは、前髪を短く切り揃えて、ショートカットにした。縁どりがピンクのお洒落なメガネをかけた女の子だった。
「もしかして、山田さん?」
「うん」
「ずいぶん、切ったね?」
「メガネも替えたの。その…似合うかな?」
「うん。とってもかわいいよ」
「…ありがとう」
姫乃は、恥ずかしそうに頬を染め、耳にかかった髪を掬う。そして嬉しそうに微笑んだ。
「山田さん。なんか変わったね? 外見だけじゃなくて、性格も…?」
「…髪を切って、私、なんだか自分に自信が持てたんだ。だからかな?
逢沢くんのおかげだよ。私の事かわいいって言ってくれたから…。初めてだったんだ。誰かにかわいいって言われたの…」
「そっか」
「うん。逢沢くん、ありがとう…」
姫乃は、友達に呼ばれ、去っていった。
湊人は、前世でこうなりたかった理想の自分を見ているようで、胸が熱くなった。
「良かった。山田さん、友達も出来たんだ」
「うん…もう心配いらないね…湊人?」
「え?」
蓮菜は湊人の目元に指を這わせる。
「なんで泣いてるの?」
湊人は涙を流していた。
「あれ、なんでだろう?」
湊人は目をこする。
「…嬉しいのかな? いや、切ないのかも…」
「切ない?」
(自分も、あんな風に愛されたかった。悲しい選択をする前に…)
「誰かに愛されたかった…」
「湊人…?」
湊人はハッとした。声に出していたようだ。
前世で自殺した事を話しても信じる人はいないだろう。
「あ、いや…その…」
湊人は涙を拭きながら苦笑いを浮かべた。
蓮菜は湊人を抱きしめた。
「蓮菜?」
「誰かに愛されたかった? 私がいるでしょ?
私が湊人をずっと愛してあげる」
「…蓮菜…」
湊人はまた涙が溢れた。
「湊人…」
蓮菜は、湊人の涙を指で拭ってやり、口づけをした。
「ねえ、蓮菜、ここ学校。見られちゃうよ?」
「見られてもいいよ」
「恥ずかしいよ」
「湊人はモテるもんね。さっきの山田さん見た? あれ、絶対湊人を好きになっちゃったよ」
「そんなのわかんないよ…」
「湊人が他の女の子と付き合ったりしたらヤダもん…」
「蓮菜…オレは蓮菜以外好きにならないよ? オレは蓮菜の事を運命の相手だって思ってるんだから」
「え?」
湊人は、前世からのつながりを持つという意味で運命と言ったのだが、蓮菜は別の意味だと捉えたようだ。
「そ…そっか…運命…か」
蓮菜は顔を赤らめ、両手で顔を覆う。そして嬉しそうに湊人に抱きついた。
「じゃあ、私を湊人のお嫁さんにしてね」
「う、うん」
湊人は照れながら笑った。
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