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湊人は中学3年生になった。
蓮菜とは今でも恋人同士で、ケンカもせず、ずっとラブラブだ。小学校から一緒だった人が多く、2人の事を知っている周りの友人は、2人を暖かい目で見ている。
今ではクラス公認カップルになっていた。
湊人はこのまま蓮菜と幸せな毎日が続くのだと思っていた。
6月のある夜、それは現れた。
湊人が眠っていると、枕元に黒い何かが来た。
不穏な気配に、目を開ける。
『よう…久しぶりだな?』
頭の中に直接語りかけるように、声が響いた。
「誰?」
『オレさまだ』
そこに現れた背中に黒い羽根を持つ、薄い服の下に逞しい筋肉をつけた大男は、その大きな口でニヤリと笑った。
「あなたは?」
『やはり忘れているのか…。オレさまは悪魔のツァラオヘル。オレさまと契約しただろう?』
「契約?」
『お前が死ぬ時、その魂をもらうという契約だ。その代わりにお前の願いを叶えてやったろう?』
湊人は、眉間にシワを寄せた。
「ウソだ。そんな契約…」
『契約した証が、お前の髪の生え際、丁度この辺にある』
ツァラオヘルは、長い爪の生えた指で自分の耳の裏側を指差した。
「そんな所、見えないし…。親にすら指摘された事ないけど?」
『普通の人間には見えないし、写真にも写らないんだ』
「わかるわけないじゃん」
湊人は、思わずツッコミを入れた。
『ほう…オレさまにツッコミを入れるとは、貴様、いい度胸だな』
「や、違…すみません。思わず…」
湊人は布団に頭をつけて謝った。
『まあいい…。それで? 契約については?』
「…本当に、覚えてなくて…」
『ならば、思い出させてやろう』
ツァラオヘルは、湊人の額に指を当て、不思議な呪文を唱え始めた。
湊人の頭の中に、夜の街並みを見下ろしている光景が浮かんできた。
(これは、前世で自殺した時、見ていた光景だ)
前世の最期に何があったか思い出してきた。
ー 美奈子は、屋上から飛び降りた。
すぐ地面に激突するかと身構えるも、いつまで待っても衝撃は襲って来ない。
目を開けると、時が止まったかのように、空中で停止している。
一体何が起こっている?
『お前、死ぬんだな?』
声のする方を見ると、大男が浮かんでいた。
「誰?」
『オレさまは悪魔のツァラオヘル。死ぬのならその魂オレさまにくれないか?』
「…いいよ。どうせ死ぬから」
『悪魔界の掟で、人間と契約する時、魂をもらう代わりに願いを叶えないといけないんだ。どんな願いでも叶えてやるぞ』
「本当に? 願いを叶えてくれるの?」
『ああ、どんな願いだ?』
「いじめた奴に復讐したい」
『復讐か。どんな風に復讐するんだ? 事故に遭わせて殺すのか? 親の会社を倒産させて路頭に迷わすのか?』
ツァラオヘルの提案は、どれもえげつないものだなと美奈子は思った。
「…私が…そう、私が自分の手で、復讐したい」
『自殺をやめて、屋上に戻るのか? まあ、魂をもらうのはお前の寿命が尽きる時だから、それまで待ってやってもいいが…』
「違う…。また、生き返っても幸せには絶対なれないもの。もう一度、過去に戻り、自分自身に産まれ直したい。女じゃ幸せになれないから、男に産まれ直したい!」
『なんだその願いは? ふざけるな! 魂がオレさまのものになるまで、さらに時間がかかるじゃないか。今までの自殺者は、「やっぱり死ぬのやめたい」とか、「残してきた子どもを幸せにしてくれ」とかだったぞ』
美奈子はジト目で悪魔を見た。
「ふ〜ん。できないんだ?」
『できるぞ! できるが、お前本当にいじめっ子に復讐するんだろうな?』
「なんで?」
『オレさまは人間の不幸や悲しみを食べることで、力を高めるんだ。だから、お前がいじめっ子を不幸にするのなら、その願いを叶えてやる』
美奈子は、元々桃華に復讐する気でいたので、その条件をのんだ。
「ちゃんと復讐するよ」
『わかった。契約成立だ』
ツァラオヘルが、指をパチンと鳴らすと美奈子の意識は闇に溶けていった。ー
「はっ!」
湊人の意識が現実に引き戻される。
『思いだしたか?』
ツァラオヘルは、湊人のベッドに座り、本を読んでいた。
よく見ると、その本は湊人の日記帳だった。
「おま…! なに勝手にひとの日記を!」
湊人が取り返そうとすると、ツァラオヘルはひらりとかわした。
『ふ〜ん。お前、あの彼女とうまく言ってるんだな? 幸せそうだな?』
「関係ないだろ? 返せ!」
湊人は日記を取り返した。
『関係ないわけじゃない。お前が幸せそうだから、ムカついたんだ』
「え?」
『お前が死ぬ前オレさまと話した事を忘れていたのは想定外だったが、思い出したのなら話は簡単だ』
「なに?」
湊人は身構えた。
『契約違反だ』
「オレが何を違反したって?」
『お前は、いじめっ子に復讐すると言っていた。そいつの不幸をオレさまが食べる約束だった。そのかわりにお前を逆行転生させたんだ。性別まで変えてやった。なのにお前は…』
「復讐ならしたじゃないか…」
『生ぬるい復讐だったな? お前に惚れさせた女をひどく振るって…。ぬるすぎだ。不幸などこれっぽっちだったぞ」
ツァラオヘルは指で“これっぽっち”を表現した。
「少しは食べたんでしょう? だったら契約違反じゃないよ。それにオレが死んだら魂を持って行くんでしょ?」
『お前の願いを叶えるのに、それじゃ足りないから、不幸を食べると言ったんだ』
「……」
『お前がまだ復讐をするのかと待っていたが、お前は彼女と幸せそうにしていて、いつまで待っても美味い不幸など食えそうにない』
「だから、オレの所に文句を言いに来たの? 遠くから見ていたんだよね?」
『オレさまは、お前が小学生になる頃まで、そばにいた。お前の彼女がオレさまに勘付くまでな』
「蓮菜が?」
『オレさまは小さくなってお前の頭の上あたりにいたんだ。するとあいつはお前の頭を何度も撫でていた。ゴミがついてるとか言ってたか…。オレさまは普通の人間には見えない
んだが…。おそらく、あいつは普通の人間じゃない』
「まさか…」
湊人は苦笑した。
「とりあえず、文句言いに来ただけなら帰ってくれる? もう眠いんだけど?」
湊人が布団に入ろうとすると、ツァラオヘルは、湊人の顎を片手で持ち上げ壁に押し付けた。
「がっ!」
『貴様。悪魔をなめていると痛い目を見るぞ』
「…ん!」
『オレさまが、文句を言うためにだけ来るわけがないだろう…。いじめっ子の代わりにお前の不幸を食べるためだ』
「ん⁉︎」
ツァラオヘルは、湊人を解放した。湊人は、ベッドの上に落ちた。
「はあっ…はあっ…」
『契約違反の罰だ。オレさまは今からお前の中に入る。すると、お前は明日から不運に見舞われる。その不幸、悲しみをオレさまが美味しく頂く』
ツァラオヘルはベッドに乗り、湊人ににじり寄る。
「くるな!」
湊人はベッドの端に追いやられた。
『言っておくが、オレさまは悪魔だから、不幸を食べてもその不幸が減るなんて事はない。もしかしたら、不運のせいでお前の死期が早まるかもな。事故に遭うかもしれないし、病気になるかもしれないな』
ツァラオヘルは、ニヤリと笑って、湊人の唇を奪った。
「ん!」
ツァラオヘルは、口内を舐め回し、逃げる舌を捕らえた。
「んん! …っ…ぁ…はっ…はあっ」
唇を解放されて、呼吸を繰り返し、唾液で濡れた口を拭く。
涙目で、悪魔を睨んだ。悪魔は舌舐めずりをした。
『美味いな…。お前の絶望に満ちた感情、最高の味だ』
「なん…で…?」
『まだオレさまが中に入ってないからな、口から摂取するのが、一番効率がいいんだ。お前の中に入ったら、明日からこんな美味い不幸を食えるんだな』
ツァラオヘルは、思い付いたように
『そうだ』
と言った。
『オレさまが中に入ったら、お前の胸に契約の証が浮かび上がる。もちろんそれも人間には見えないものだ』
悪魔は湊人の胸を、指先でトンと突いた。
その瞬間、ツァラオヘルの体が煙りのように変化し、湊人の胸に吸い込まれていった。
「あ…ああ…っ…」
湊人の体に悪寒が走った。胸の奥がざわつくような気持ち悪さを感じる。
湊人は、眠るように、意識を失った。
「湊人〜? 朝よ〜起きなさーい」
母の声が聞こえ目を開ける。
昨夜のことは夢だったのか。現実だったのか。区別がつかない。
「はあ…。なんか、体がダルい」
湊人は部屋を出て洗面所へ向かう。
洗面所では2歳下の弟、総一郎が歯を磨いていた。
「兄ちゃん、おはよ」
「うん。おはよ」
湊人はふと鏡を見る。パジャマがはだけて胸の真ん中が見えていた。
「!」
鏡に写った胸には、不可思議な模様が描かれていた。魔法陣のようなその模様は、血のような赤い色で描かれているようだった。
「総くん」
「なに?」
「胸になんかあるんだ。見える?」
「ん〜?」
総一郎が拭いていたメガネをかけて見た。
「何もないけど?」
「ホントに?」
「うん。しいて言えば小さいホクロがあるくらい?」
「…そっか」
湊人は、昨夜の悪魔の来訪は夢ではなかったのだと思った。
悪魔の言葉を思い出す。
『オレさまが中に入ったら、お前の胸に契約の証が浮かび上がる。もちろんそれも人間には見えないものだ』
(悪魔がオレの中に…?)
そう思ったら、急に吐き気に襲われた。
「う…」
湊人は口を押さえ、トイレに駆け込んだ。
「兄ちゃん?」
総一郎が心配そうに、トイレのドアを開ける。
湊人は、便器に向かって嘔吐していた。胃の中が空っぽだったので、胃液しか出て来ない。喉が焼けそうだった。
「兄ちゃん大丈夫? 母さん! 兄ちゃんが大変!」
総一郎が呼ぶと、母が慌ててやってきた。
「湊人、大丈夫?」
母は湊人の背中をさする。
「はあ…はあ…」
吐き気が治まって、洗面所で口をゆすいだ。
「湊人…」
母は、湊人の額を触る。
「熱はないみたいだけど…」
「うん。大丈夫、ちょっと風邪気味なだけだと思う」
「そう? 顔色すごい悪いわよ?」
「大丈夫だって…」
母は心配症なので、すぐに学校を休んだ方がいいと言う。
小6の時殴られて意識を失った事も影響しているのだろう。
湊人は部屋で制服に着替えると、まっすぐ玄関に向かった。母がすぐに気づいてやってくる。
「湊人、朝ご飯は?」
「食欲ないんだ。行ってきます」
心配そうな母を置いて、湊人はマンションのエレベーターを降りて行った。
(まさか、悪魔に取り憑かれたせいで具合悪いなんて言っても、信じてくれないよね?)
「湊人おはよう」
蓮菜が湊人を追いかけてきた。
「おはよう、蓮菜」
「湊人? 顔色悪いよ」
「風邪気味なんだ」
「そっか、無理しちゃダメだよ?」
蓮菜にも悪魔の事を言わなかった。信じてくれる人の方が少ないだろう。
(そういえばツァラオヘルが言ってたよな。小学生になる頃に蓮菜が、自分の存在に感づいたとかって…)
「ねえ、蓮菜はさ…悪魔とか妖怪とか信じる方?」
「え? う〜ん。いると思うよ? 私、実は霊感あるんだよ。小さい頃は、妖怪みたいなのと、友達になって遊んだ事もあるんだ。
8歳をすぎたあたりからかな、視る力も少しずつ減っていってるみたい。でも、霊感が全くない人よりは視えるよ」
「そうなんだ。じゃあさ、見てほしいものがあるんだけど…」
学校について、湊人は蓮菜をトイレに連れて行った。
「ちょっと、湊人。ここ男子トイレ…」
蓮菜が慌てる。
「今誰もいないから大丈夫…」
「…もう…仕方ないな…。それで、見せたい物って?」
湊人は、制服のシャツのボタンを上から外していく。
無言で外していくので、蓮菜は慌てた。
「み、湊人? 何やって…」
3〜4個ボタンを外して胸を見せる。
「蓮菜、オレの胸に何かない?」
「え? 何もないけど…」
「そっか」
湊人は少し落胆したように、ボタンをはめていった。
(霊感のある蓮菜なら、契約の証を見えるかもしれないと思ったのに。小さい頃ほど視えなくなったからなのかな?)
もし、証が見えたなら、中に入った悪魔を出す方法を知っているかもしれないと思ったのだ。証が見えないと言うことは、たとえ他の人より霊感が強くても、蓮菜に悪魔の事は視えないだろう。
「湊人? いったい何があるっていうの?」
「なんでもないんだ。ごめん」
湊人は蓮菜に心配かけないようにごまかした。
「…湊人。何か悩みがあるなら、ちゃんと言って…」
「うん。でも大丈夫だから」
悪魔の話は、現在、その悪魔を視る力がない蓮菜に言っても、困らせるだけだと思い、湊人は口を閉ざした。
ツァラオヘルの言っていた不運が、自分にどう襲ってくるのかわからないが、湊人はいつもと同じように授業を受けていた。
最初の不運は、廊下を歩いていて、水に濡れた場所で転んだ事だった。
次は、調理実習でエプロンを忘れ、先生に借りた予備が花柄の可愛いやつで、みんなに
「似合う似合う!」
とからかわれ、恥ずかしかった事。
掃除の時間に、バケツの水に躓いて制服が濡れた事くらいだった。
(大したことないな)
湊人は高を括っていた。
湊人は蓮菜と帰り道を歩いていた。
「危ない!」
上から声が聞こえて、見上げると、植木鉢が落ちてくる所だった。
「湊人!」
蓮菜が湊人を押して、上に覆い被さった。
「大丈夫ですか⁉︎」
女の人が慌ててアパートの階段を降りてきた。
「湊人、大丈夫?」
「うん…」
女の人は何度も謝っていた。幸い湊人も蓮菜もケガはないが、もし、当たっていたら大ケガしていたかもしれない。
湊人は、不安になってきた。
次の日は大雨だった。学校では、消しゴムを忘れたり、給食に自分だけプリンがなかったり、美術の授業で彫刻刀を使っていて、指を切ったくらいだった。
消しゴムは蓮菜が貸してくれたし、プリンも蓮菜が半分くれた。今日の不運もそんなに大した事はなかった。でも、帰り道は気をつけないと、昨日のように、大ケガをするような事故に遭うかもしれない。
湊人と蓮菜は、帰り道を歩く。朝からふっている雨は、午後になってさらに強さを増し、強い風も吹いていた。
橋の上に差し掛かった時、向こうから来る車がこちら側へ寄ってきているような気がした。
(あの車、こっちに突っ込んでくる?)
湊人は車を避けようと、橋の欄干に手をかけ、端へ寄った。
ーバキッ
突然、鉄でできた欄干が折れた。
欄干に体重をかけていた湊人は、折れた欄干と共に川へ落ちていった。
「湊人!」
蓮菜は土手へ降りて湊人を追いかけた。
増水した川の流れは速く、たとえ泳ぎがうまくても、溺れる可能性が高かった。
湊人は、川から顔を出して、なんとか息をしようとしている。だが、とても苦しそうで、溺れてしまうのも時間の問題だ。
川の中央に大きな岩が出ているのが見える。
蓮菜は周りを見渡し、使える物がないか探した。
どこから飛んできたのか、店先に置く、昇り旗のポールが『SALE』と書いた旗とともに落ちていた。
蓮菜は、ポールを川へ突き立てた。川底にポールの先が着いたが、ポールが長いおかげで30㎝くらいは頭が出ていた。
河原に学校のカバンを無造作に投げ捨てて、
川の中央にある大きな岩まで、棒高跳びの要領で跳んだ。
岩の少し手前で落ち、岩につかまった。
そこに、ちょうど湊人が流れてきた。
蓮菜は湊人を摑まえると、運よく流れてきた板につかまり、岸に泳ぎついた。
その一連の動きは、まるで神が味方しているかのような強運だった。
湊人を岸にあげる。
「湊人! 湊人!」
蓮菜は湊人の頰を叩く。意識がない。
呼吸を確認してゾッとした。
(息してない…)
人口呼吸を施す。
何回か息を吹きこむと、ピクッと動いた。
「ゴホッ…ゲホッ…ぐっ…ゴホッ」
湊人が水を吐き出した。
「ハアッ…ハアッ…」
「湊人…」
「…れ…な…」
「よかった…」
蓮菜は湊人を抱きしめた。
「家に帰って体を温めないと風邪ひいちゃう。さ、帰ろ?」
蓮菜は湊人の手を取って、立ち上がった。
でも、湊人は座り込んだまま動こうとしない。
「湊人、立てないの?」
「…殺される…オレ…悪魔に、殺される…」
湊人が小さい声で言った。
「湊人?」
「…こわい…こわいよ…」
湊人は自分の体を抱きしめて震えていた。
「蓮菜…助けて…」
湊人は涙を流しながら、膝に顔を埋めた。
「湊人…」
蓮菜は湊人を抱きしめて、頭を撫でる。
「大丈夫だよ。悪魔だろうとなんだろうと、私が守ってあげる」
湊人は頭を上げた。蓮菜は優しく微笑んで、湊人の頬にキスをした。
「うん」
「このままここにいたら風邪ひくよ。湊人、風邪気味だったでしょ? 悪化する前に家に帰ろう。詳しい話聞きたいし、私の家に来て…」
「うん」
蓮菜は自分のカバンを持つと、湊人の手を引いて家へとむかう。すでに傘はどこかへ飛んでいってしまい、雨に濡れながら歩いていった。
蓮菜の家は、湊人の住むマンションから少し離れた一軒家だった。
蓮菜はカギをあけて玄関のドアを開けると、湊人の手を引いて、中に入った。
「ちょっとここで待ってて、タオル持ってくる」
蓮菜が靴と靴下も脱いで、奥にある洗面所へ行ってバスタオルを持って戻ってきた。
「体、少し拭いてから上がって」
湊人は、ずぶ濡れの体をある程度拭いて、グチョグチョになってしまった靴下を脱いで、家に上がる。
蓮菜は、自分が歩いて濡れた廊下を拭いていた。
「蓮菜、家の人は?」
「あー、今お母さんパート行ってるんだ。平日は、学校帰ってきたら1人だよ。兄弟もいないし。お母さんは6時くらいには帰ってくるよ」
「そう…」
「湊人、来て」
蓮菜は湊人を洗面所に連れて行き、となりのお風呂のドアを開けた。
「お湯張るから…」
蓮菜はお風呂のスイッチを押した。自動でお湯が溜まっていく。
「湊人、服脱いで。洗濯しとく。乾燥までしてくれるヤツだから、帰る頃には乾いてると思う」
「…うん」
蓮菜が洗面所のドアを閉めて出て行った。湊人は服を脱ぎ、洗濯機に入れた。そして、バスタオルで体をくるんだ。
少しして、蓮菜が洗面所に戻って来た。
「開けていい?」
「うん」
蓮菜がドアを少し開けた。
「もう少ししたらお湯溜まるから、湊人、先に入って」
「え?」
「私はあとからでいいから」
「…でも、蓮菜も体冷えちゃうよ」
「…じゃあ…一緒に…入る?」
「え?」
湊人は困ったように頭をかく。
「ええと…。うん…」
「じゃあ、後から行くね。先に入ってて…」
「う、うん…」
湊人が、お風呂に浸かっていると、蓮菜が入ってきた。タオルで見えないように隠していた。
「となり、いい?」
「う、うん…」
湊人のとなりに蓮菜も浸かる。
「二人で入ると狭いね…」
蓮菜が言った。
「うん。そうだね…」
背中合わせで入っているが、蓮菜の背中がピッタリと湊人の背中にくっついている。
「小さい頃は、一緒に入ったこともあったよね?」
蓮菜が思い出したように言う。
「…うん」
背中に感じる蓮菜のスベスベな肌。
「も、もう上がるよ」
湊人は湯船から出て、振り返らずにバスルームを後にした。
蓮菜がお風呂から上がると、湊人はトイレから出てきたところだった。
湊人は恥ずかしくて顔を背ける。
「湊人?」
蓮菜は、可愛い部屋着を着ていた。
湊人は、まだバスタオル一枚。
「あのさ、服…。何か貸してくれる?」
「あ、ごめん。忘れてた」
蓮菜は苦笑して、二階に上がり、服を持って戻ってきた。
「えっと、お父さんのなんだけど…大きいかも…」
確かに大きかったが、着れなくはない。
「ありがとう」
洗面所に戻って着替えた。下着は新品だった。
(後で買って返さなきゃ…)
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