愛を教えてくれた神は今日もとなりで愛をささやく

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前世であった事を蓮菜が話し終えると、湊人は涙を流していた。 「蓮…私…蓮に裏切られたんだと思ってた。お母さんたちも、私が死んで悲しんでたんだね? 私が死んでも…悲しむ人なんていないんだってずっと思ってた」 湊人は、声をあげて泣きだした。 「そうだよ。おまえが死んで、俺がどれだけ泣いたと思ってる? どうして俺の言葉より桃華の言葉を信じるんだって、ずっと思ってたよ。ホントにバカだなって」 前世の口調に戻った蓮菜も、涙を流していた。 「うん。グスッ…ごめ…ごめんなさい…ぅ…ふ…うう」 湊人は流れ出る涙を止めることが出来ず、手で目元を拭いていた。 「湊人…」 蓮菜は、ハンカチを出して湊人の涙を拭く。 「もう一度、こうして逢えたんだ。これからは、ちゃんと言いたいこと言うよ。もう後悔したくない」 「…蓮菜が前に、亡くして後悔した人って、オレのことだったんだ」 「うん…」 「オレとまた逢えたから、今は後悔してないって言ったんだね」 「そうだよ」 蓮菜は湊人に口づけた。 「蓮菜は、前世の事を思い出しても、オレを好きでいてくれるの?」 「うん。前よりもっと好きになってる…」 「そっか」 湊人は嬉しそうに微笑む。 「ねえ、湊人。前に私に胸を見せてなにかあるか聞いたでしょう? あれって私には視ることが出来ない何かがあるの?」 「うん。悪魔との契約の証がある」 「その悪魔って、名前名乗った?」 「ツァラオヘルって言ってた」 「ツァラオヘルか…」 蓮菜は、顎に手を当てて考え出した。 「なんかどこかで聞いたような…」 「蓮菜?」 「ねえ、私もう一つ湊人に隠してる事がある。前世とか悪魔とか散々驚くことがあったけど、今から言うことを聞いたら「は?」って言うと思う」 「うん。何?」 さすがに色々あって、これ以上驚くことはないと思っていた。 「実は私さ、神木蓮として生まれる前、神様だったんだ」 「は?」 「やっぱりそういう反応になるよね」 蓮菜は苦笑いを浮かべた。 「神様ってどういうこと?」 「私は、愛結神(いとしむすびのかみ) という、良縁を授ける男神だった。良縁を授ける神様と言いながら、私自身は恋をしても、うまくいかなくて…。私を祀っている神社に縁を求めて足を運ぶ人間たちを見ていたら、どうしようもなく切なくなった。人間たちが良縁を結べたと、嬉しそうに報告に来ていたから」 「そう…なんだ」 「私は神様になる前は、愛結神の使いで、蛇だったんだ」 「…へび…」 「蛇嫌い?」 「あ、えっと…」 「嫌いなんだ…。女子で好きな人はいないよね…」 「…蓮菜…」 「…もう蛇になる事はないけど…」 「そう…」 「今、ホッとした?」 「もう! 蓮菜! その話、ホント?」 湊人は蓮菜がふざけだしたので、からかっているのかと疑った。 「本当だよ。ごめん。私が元は蛇だったなんて、嫌がると思って…」 「え…」 「嫌いになる?」 蓮菜は哀しそうに湊人を見た。 「そんなわけないでしょう? オレは今の蓮菜が好きなんだから」 「うん」 蓮菜は嬉しそうに頷いた。 「それで、話の続きだけど、私の前の愛結神は、人間に恋をして、人間になって、次の神を私に任せて去っていったんだ。私は自分が神様になるなんて思ってなかったし、戸惑いながらも、神として仕事をしていたんだ。でも、人間たちを見ていたら、私も人間になりたいって欲求がどんどん大きくなっていった」 「それで、人間に?」 「人間になりたいなんて言っても、そう簡単になれるわけじゃないんだ。私の前の神は、自分でなれる方法を見つけて、高天原…神界の偉い神様に、『人間になりたいんです』と言いにいった。私を次の神様に選ぶからと言って…。偉い神様は『次の神が決まっていて、なおかつ自分で人間になる方法を見つけているなら好きにしなさい』と言って、前の神は人間になったんだ。あの人は、好きな人と一緒になって、人間としての寿命を全うした。今頃は、また別の誰かに生まれ変わっているんだろう」 「蓮菜は?」 「私の場合は、私の後を継いで神になってくれるひとはいたよ。私の使いをしてくれていた白蛇だった。彼は神様になりたいって願いを持っていたから、そこはスムーズだった。でも、自分で人間になる方法は見つからず、高天原に行って、『人間になりたいんです』と言ってもなかなか良い返事をもらえなかった。 そして、300年くらい経った時、人間になる方法を教えてもらえた」 「300年ってすごいね」 「まあ、神様にとっては一瞬だよ。人間になる方法は、簡単で、難しい事だった」 「?」 「人間に姿を見せて、その人間に自分が神様だと教えて、信じてもらって、その人間に心の底から『この神様を人間にしてください』 って祈ってもらう事だった」 「簡単だね?」 「そう思うでしょう? でも、人間に本当に神様だと信じてもらえても、多くの人間は『神様だ』ってお祈りしたりする人ばかりだった。心の底から『人間になってほしい』と祈ってもらうには、その人間と友達以上になって、ずっと一緒にいたいって思ってもらわないと、心の底から神様を人間にしたいなんて祈ることはできないよ」 「確かにそうだね」 「それから、江戸時代の終わりにさしかかって…。その時、出会ったんだ。私を神様だと知っても友達になってくれた女性に。彼女は、私のことを好きでいてくれて、一緒にいたいって言ってくれた。彼女は私を『人間にしてください』って祈ってくれた。そして、私は人間になった。彼女と、夫婦になると誓い合ったんだ。でも…」 「蓮菜?」 「その後すぐに、彼女は死んだ。辻斬りに遭って。私は使いである蛇に、人間になったから、あとをよろしくと言いに行ったんだ。彼女の元に戻ると、血まみれの彼女が倒れていた。夜で暗く、神社の周りには人がいなかった。この時期、辻斬りが出るから夜は気を付けるように御触れが出ていたのに。 辻斬りは刀をしまうところで、私の存在に気づくと、刀を振り上げた。私はそこで死んだんだ」 蓮菜の壮絶な最初の人生に、湊人はただ息を呑んだ。 「神木蓮が、私の次の人生だったんだ」 「蓮菜は、人間になって、後悔しなかった?」 「…湊人に逢えたから…」 「蓮菜…」 蓮菜ともう一度キスをした。 徐々に深くなる口づけ。湊人がむせた。 「ゴホッ…んん…ごめん」 「湊人?」 蓮菜が湊人の額に手をやる。 「熱っ! なんか体熱いと思ったら、湊人、熱ある!」 「え? そういえば、なんかダルい…」 「大丈夫?」 「ゲホッ…ぅ…蓮菜…風邪移るから、帰る…」 湊人がベッドから下り、部屋の外の階段に向かうと、足を滑らせ階段を転げ落ちた。 「湊人⁉︎」 蓮菜が慌てて下りると、玄関には、蓮菜の母の佳乃がいた。 「お母さん」 「大丈夫⁉︎ 湊人くん! 蓮菜、救急車!」 「うん」 湊人は意識を失っていた。 湊人が意識を取り戻した時には、そばに蓮菜がいて、湊人の手を握っていた。 「湊人…」 「ん…ぅ…蓮菜…」 そばには佳乃と美紗子もいた。 「湊人…ああ…よかった…階段から落ちて救急車で運ばれたって聞いてもう心配で…」 美紗子は涙目で湊人の頭を撫でる。左腕には点滴がしてある。 「熱も高いし…。あなた川に落ちて、呼吸が止まったんでしょう? 蓮菜ちゃんが助けてくれたって聞いたわ」 「うん」 「本当にありがとうね。蓮菜ちゃん…」 「いいえ…」 湊人が少し腕を動かし「痛っ!」と叫んだ。 「ああ湊人。あなた右の手首骨折してるから。階段から落ちた時折っちゃったのね」 手首には包帯が巻かれている。 「ハアッ…ゴホッ…ハアッ…」 「湊人?」 「ん…母さん…ハアッ…息が…苦し…」 美紗子はナースコールを押して、「すぐ来てください」と話した。 駆けつけた医師が酸素マスクを着け、濃度を調節する。 しばらくして、呼吸が楽になってきた。 医師は、指につけた酸素濃度計を確認し、湊人の胸に聴診器を当てた。 「少し不整脈が出てますけど、熱のせいだと思います。大丈夫でしょう…。しばらく安静にしてください」 「はい」 医師が出て行くと、美紗子は心配そうに湊人の頭を撫でた。 「蓮菜、帰ろうか」 佳乃が声をかけた。 「え、でも…」 蓮菜は湊人の手をギュッと握る。 「遅い時間になっちゃったし、お父さん帰ってくるから晩御飯作らないと…。あまり遅くまでお邪魔してるとご迷惑になるでしょ?」 「うん…」 蓮菜は名残惜しそうに母と帰っていった。 「母さんも帰っていいよ。父さんたちの夕飯作らないと…」 「湊人。大丈夫よ。それより湊人の事が心配だもの…」 「……」 「湊人?」 「ぅ…」 突如湊人が胸を押さえて背を丸めた。 「湊人? どうしたの?」 「ぅ…く…ハアッ…ハアッ…苦し…」 「湊人!」 美紗子は慌ててナースコールを押す。 すぐに医師がやってきた。 「湊人くん! 苦しい?」 「うぅ…胸が…ハアッ…ハアッ…」 医師が体を診察し、看護師に何かを指示した。 湊人の腕に注射が打たれ、しばらくして落ち着いた。 「ハア…ハア…」 「湊人、大丈夫?」 「…う…ん…」 医師は難しい顔をした。 「湊人くんの脈拍、異常に速いんだ。詳しく検査してみましょう」 検査は翌日行う事になり、美紗子は帰った。 次の日、検査結果が出て、美紗子と話を聞いた。 「頻脈性不整脈という病気ですね。脈が異常に速くなってしまう病気で、最悪死に至る人もいます。薬を処方しますので飲んでください。発作時に飲む頓服薬も出しておきます。激しい運動はしないようにしてください」 「わかりました」 美紗子は頷く。 「湊人、先生の話ちゃんと聞いてた?」 「…うん」 熱も下がり、湊人は退院した。 美紗子が、「今日は家にいなさいね」と言ってきたので、部屋でマンガを読んでいた。 『病気になったみたいだな…』 低い声がして上を向くと、ツァラオヘルが浮かんでいた。 『オレさまは、自由に契約者の前に顕現できるんだ。本体はおまえの中にいる。まあ、立体映像のようなものだがな』 湊人は悪魔を睨んだ。 『おまえの魂が手に入るのも、もうすぐだな…』 「おまえが早く魂を手に入れるために、オレを病気にしたんだろ?」 『悪魔は人間を殺せない。直接手を下せないんだ。どんな不運が舞い込むのかもわからない』 「…そうなのか…」 『オレさまにできるのは、中に入り込んだ人間の運を下げることくらいか。守護霊の力もオレさまの力に負けてしまうんだ』 「守護霊?」 『人間には1人に1人以上の守護霊が憑いているらしいんだ。彼らの守りがあって、普通はそう事故などに遭わないように守ってくれている。だがオレさまの力が強く守護霊もおまえを守りきれない。結果、おまえは普通ではありえない不運に見舞われている』 「…なあ…オレ、このままだと、あとどれくらいで死ぬんだ?」 『そうだな…一週間以内には、心停止を起こすだろうな…』 悪魔の言葉に湊人は目を瞠った。 「そっか…」 『ふむ…』 悪魔はペロリと唇を舐めた。 『おまえ、あまり絶望してないみたいだな…』 「え?」 『味が薄い…』 「…オレ、おまえが中に入った時点で、近いうちに死ぬんだろうなって思ってたから。そりゃ死ぬのは怖いけど…。でも、一番辛いのは、蓮菜と別れる事かな…」 『あと一週間と言ったのは嘘だ』 「はあ?」 『おまえがいつ死ぬかなんて、オレさまにもわからない』 湊人はツァラオヘルにジト目を向けた。 「なんでそんな嘘つくんだ」 『おまえの最高の絶望を味わうためだ。だが、思ったよりうまいのが味わえなかった。残念だ』 「勝手な事言って…。消えろよ」 『ククッ…』 ツァラオヘルは、煙となって湊人の中へ吸い込まれていった。
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