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次の日、湊人が学校へ行こうとすると、母は「大丈夫?」としつこく聞いてくる。
あまり休むと、勉強が遅れてしまうと言うと、「何かあったらすぐ連絡しなさいね」と念を押された。
学校に着くと蓮菜が駆け寄ってきた。
「湊人、もう大丈夫なの?」
「あ、うん」
「よかった…」
蓮菜の目が赤い。
「蓮菜、泣いた?」
「あ、うん。心配で、ちょっと…」
「そっか、ごめん」
「ううん。湊人が元気になってよかった」
蓮菜にこれ以上心配をかけたくない。
心臓の病気のことを言えなくなってしまった。
1時間目は体育だった。
「湊人は右手骨折してるから、見学だよね」
蓮菜が確認してきた。
「うん。そうだね」
湊人は骨折しているため、授業に参加できないと体育の先生に話して、今後も病気のため参加できないと言っておいた。
男子の体育はサッカーだった。
湊人はグラウンドの隅に座っていた。
「あぶねーぞ! どこ蹴ってんだ!」
大きな声がして、顔をあげると、ボールが目の前にあった。
避ける間も無く、湊人の顔面にボールが当たった。
「…っぅ…」
顔を押さえると、鼻血が垂れた。
「大丈夫か? うわ、鼻血…」
「おい! 誰かティッシュ!」
皆が心配してくれる。
「大丈夫?」
クラスメイトの石田が駆け寄ってきた。
「うん。だいじょ…」
大丈夫と言い切る前に、心臓が痛みだした。
「…っ…う…」
湊人は胸を押さえて蹲る。
「逢沢くん!」
「ハア…ゴホッ…ぅ…」
「逢沢、大丈夫か?」
先生が駆け寄ってきた。
「薬はあるのか?」
「ハアッ…教室…カバン…」
苦しそうに、声を絞り出す。
「石田、先生は逢沢を保健室に運ぶから、教室に行って、コイツのカバン取ってきてくれ」
「わかりました」
石田は、校舎に向かって走っていった。
「逢沢、移動するぞ」
先生は湊人を横抱きにすると、保健室へ急いだ。
「ハアッ…ハアッ…ぅ…く…」
ベッドに寝かされた湊人は、意識が朦朧としていた。
「逢沢、すぐ薬が来るから、頑張れ」
湊人が意識を失わないように、話しかけ続ける。
保健室の扉が開いて、息を切らした石田が入ってきた。
「ハアッ…カバン…」
先生はすぐにカバンをひっくり返すと、薬の入ったケースを見つけた。
「逢沢、口開けて」
湊人の口に薬をねじ込み、体を支えてやりながら、なんとか水も飲ませた。
しばらくすると、湊人の呼吸が落ち着いてきた。
「ハア…ハア…ありがと…」
そういうと、眠るように意識を失った。
湊人が目を覚ますと、蓮菜が涙を浮かべていた。
「蓮菜?」
「湊人…」
蓮菜は、ぼろぼろ涙を零した。
「バカ! なんで病気のこと黙ってたの? 体育終わって、倒れたって聞いて、心配したんだから!」
「ごめん。蓮菜…」
「先生から病気のこと聞いて、私…」
蓮菜は布団に顔をつけて泣きだした。
「蓮菜…。オレ、蓮菜に心配かけたくなくて…」
湊人は蓮菜の頭を撫でる。
「昨日、病院で病気のこと聞いたんだ。オレの場合、薬を飲んでれば症状は抑えられるみたいだけど、今日みたいに驚いて心臓に負担がかかると、発作が起きちゃうみたいだ」
蓮菜は顔をあげた。
「体育の時間何があったの?」
「ボールが飛んできて、顔に当たって鼻血出た」
「そう…」
「ボールが飛んでくるような所には座ってなかったんだけど…」
「それって、やっぱり、悪魔のせいで…」
「うん。昨日、悪魔がオレの前に現れた。悪魔の力が強くて、守護霊たちもオレを守りきれないんだって。だから、普通ではありえない不運に見舞われてる。オレの病気も普通なら薬を飲んでれば大丈夫だと思うけど、オレの中に悪魔がいることで、死期は早まるかもしれない」
「湊人…」
蓮菜は、難しい顔で考え出した。
「その悪魔を湊人の中から追い出さないといけないね」
「…うん。でも、蓮菜…オレは…」
「え?」
「オレは…受け入れるべきかなって思ってる」
「受け入れるって…死を…?」
「…オレが、その悪魔と契約したのは事実だし…願いを叶えてもらって…その見返りで魂を渡す…。それが、契約だから…。逃げるなんて卑怯なまね…」
「湊人!」
蓮菜が急に怒鳴って、湊人の体はビクッと揺れた。蓮菜は湊人の肩を掴む。
「湊人はそれでいいの? 本当にそれで…。この人生だけじゃない…この先の転生もないんだよ? 永遠に悪魔の下で飼われるんだ…。それでいいの?」
「え…? 永遠に?」
「そう…それが悪魔との契約。知らなかったの?」
「……知らなかった…え? じゃあオレ…生まれ変われないんだ。蓮菜とももう逢えない…」
「うん」
「…そっか…。アイツに永遠に飼われるなんて、いやだけど…契約だから…、大丈夫、オレ…覚悟決める」
「湊人…そうじゃないでしょ? 覚悟なんて決める必要ない。私が湊人を死なせない。湊人の中の悪魔は、私が必ず祓う」
「…うん。オレも本当は、死にたくない…。蓮菜と別れたくない」
「うん」
蓮菜は力強く頷いた。
「そういえば、蓮菜は小さい頃、悪魔が見えてた?」
湊人は思い出したように言った。
「あ〜、どうかな…? それっぽいのはいたかも…」
「ツァラオヘルが言ってた。小さい頃、蓮菜は自分の存在に気づいたって…。オレの頭のあたりを飛んでいたら、祓うような素振りをしてたって…」
「え…あ…そうかも…、昔、湊人の頭に黒いモヤのようなものがあるのを見た。はっきり悪魔の形を見たわけじゃないんだけど、その黒いモヤが良くないものだっていうのはわかったんだ。だから、湊人から離れるように念を込めて湊人の頭を撫でてた」
湊人は納得したように頷いた。
「そのおかげで、オレからツァラオヘルが離れていったんだ。そのあとはずっと遠くから見てたって言ってたから」
「私のした事は、無駄じゃなかったんだね」
蓮菜は嬉しそうに言った。
「湊人、今から、私が神様だった頃祀られていた神社に行こう。ここから少し電車に乗った先の、桜山町にある桜山神社。そこには、紫苑…私の跡を継いで、愛結神になった、元神使がいる。 彼なら、神様なら、悪魔を追い出す方法を知っているかもしれない」
「え、今から?」
「うん。できるだけ早い方がいい」
「でも、授業は?」
「湊人はどうせ早引きでしょ? 私も理由つけて早引きするから」
「…嘘つくの?」
「湊人の命の方が大事でしょ?」
「……うん」
湊人はしぶしぶ頷いた。
「それに、湊人が発作を起こしたこと知ったら、きっと湊人のお母さん、しばらく外に出してくれないよ? だから、湊人は家に帰らないで、このまま神社に行こう」
蓮菜は、体温計を出すと、先生のデスクに置いてある電気ポットからお湯を湯のみに注いで、その中に体温計の先をつけた。
「蓮菜?」
「こうすれば、熱があるって言えるでしょ? 良い子はマネしちゃダメだよ」
程よい感じでお湯から出すと、タオルで拭いた。湯のみのお湯も捨てて、証拠隠滅。
保健室の扉が開き、保健の先生が入ってきた。
「逢沢くん。目が覚めたのね、良かったわ」
「あのぅ…先生…私も、体調が悪くて…」
「え? 神木さんも?」
蓮菜は先程の体温計を見せた。
「あらホント…結構あるわね…」
「それで…みな…逢沢くんと一緒に帰っても良いですか?」
「ええ、逢沢くんのお家に電話しようと思ってたんだけど…」
「あの、私がさっき逢沢くんのお母さんに電話したら、今出先で、帰ってくるのに時間かかるって言われて…」
電話などしていない。蓮菜は嘘を並べていく。
「まあ、そうなの? 神木さんのお家は…」
「私の家は共働きなので、家には誰もいないんです」
「そう…。じゃあ先生の車で送っていくわ」
湊人と蓮菜は、保健の先生の車で蓮菜の家の前まで送ってもらった。
「ありがとうございました」
「ええ。お母さんによろしくね」
先生が去った後、蓮菜は湊人を家の中に入れた。
蓮菜が私服に着替える。湊人は、家に母がいるので私服を取りに帰れない。
蓮菜のお父さんの服を、再び借りる事になった。
2人は駅に向かって歩いた。その途中、湊人が落ちたあの橋を通る。欄干の壊れた部分には、ロープが張ってあり、修繕には時間がかかりそうだ。
「見て、湊人。この欄干の壊れた所、鉄が錆びて、脆くなってる」
「君達、あんまり近づくと危ないよ」
「あ、はい」
注意してきたのは、50代くらいのおじさんだった。他の人と耐久性がどうとか話をしている。どうやら市の職員のようだ。
「実はここから誰か落ちたって聞いた」
「え? 本当に? 落ちた人は無事だったのか?」
「誰かが助けて、大丈夫だったらしい。目撃者がいたんだ」
「そうか。死人が出なくてよかった」
市の職員が話をしている横を通っていった。
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