愛を教えてくれた神は今日もとなりで愛をささやく

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2人は駅に着いて、電車に揺られ、桜山町の駅で降りた。 「ここから少しバスに乗るよ」 バスに乗ってしばらくすると、蓮菜がブザーを押した。『桜山神社前』と書いてある。 バスを降りると、周りは商店街だったが、だいぶシャッターが下りていて閑散としていた。人通りもなかった。 「最近はあまり参拝客も来ないみたい。昔はたくさんの人が来て、この商店街も賑わってたんだけど…」 「そう…」 蓮菜は湊人の手を握って、山道に入った。 「この坂を登った所にあるんだ」 周りは木々が生い茂り、初夏の風が吹いている。 蓮菜に手を引かれ歩く湊人は、しだいに遅れ始めていた。 「ハアッ…ハアッ…」 「湊人…大丈夫?」 「蓮菜…くる…し…」 湊人の膝が折れ、倒れた。 「湊人!」 「う…」 湊人は、胸のあたりを鷲掴みにして、苦しそうに呻いていた。 「湊人…」 蓮菜は慌てて駆け寄るも、どうしていいかわからない。 「はっ…う…心臓…痛い…はっ…息…できな…」 蓮菜は、ハッとしてケータイを出すと湊人に確認をとった。 「湊人、救急車呼ぶから」 「呼ば…ないで…ぅ…薬…」 「そっか! 薬どこ?」 「ズボンのポケット…」 蓮菜がポケットを探ると、ケースが出てきた。薬を取って、湊人の口に入れる。 「ん…ハアッ…」 「湊人、水…」 蓮菜がペットボトルの水を飲ませ、ギュッと抱きしめて背中をさすった。 「ハアッ…ハアッ…」 「湊人…」 そこに、一台のワゴン車が通りかかった。 「大丈夫ですか?」 運転手が声を掛けた。 「病院までお連れしますか?」 「あ、ええと…」 蓮菜が困っていると、湊人が声を出した。 「蓮菜…もう大丈夫…落ち着いた」 「あ…とりあえず大丈夫そうです。私たち、桜山神社に行く途中で…」 「そうでしたか。私は桜山神社の宮司で、佐野と言います。車に乗って下さい。上まで送ります」 蓮菜は、湊人に手を貸しながら車に乗った。 神社の裏口に車を停めると、佐野さんは、裏の入り口のカギを開け、中に入る。 「湊人…歩ける?」 「うん」 湊人はふらつきながら、車を降りた。 「湊人、大丈夫?」 「ごめん。ちょっとめまいがして…」 蓮菜は、湊人を支えながら神社の敷地内に入った。 神社の隣の社務所が佐野さんの住居らしく、社務所のカギを開け、 「どうぞ」と中に入った。 「まあ、あなた、どうしたの?」 佐野さんの奥さんが、玄関先に出てきて蓮菜たちを見た。 「うちの神社にお参りに来たようなんだが、男の子の方が具合悪くなって、病院に行かなくて大丈夫と言うから、ここで休ませてあげようと思って…」 「まあ、そうなの? じゃあ、家に上がってこっちへ」 奥さんについていくと、落ち着いた和室が現れた。 奥さんは、布団を出す。 「ここで休んでいて…」 「ありがとうございます」 湊人が布団に横になると、奥さんはコップに麦茶を持ってきてくれた。 「どうぞ」 「ありがとうございます。湊人、飲める?」 湊人が体を起こしたので、支えながら飲ませてあげる。 「蓮菜、ちょっと寝てていい?」 「眠いの?」 「うん。なんか、怠くて…」 そう言うと湊人は寝息をたてはじめた。 蓮菜が麦茶を飲むと、奥さんは訝しげに聞いた。 「二人はなんでこの神社に? まだ学校ある時間じゃないの?」 「あ、えっと、それは…その…」 蓮菜は、なんと言えばいいのかわからなかった。 “悪魔を祓うにはどうすればいいか、神様に聞きに来た” などと言ってもわかってもらえるか…。 「あの…宮司さんと話がしたいんですが…」 蓮菜が言うと、奥さんは 「わかった。呼んでくるわね」 と言って、和室を出て行った。 「あなた」 「どうした?」 「あの子たち、もしかしたら、家出じゃないかしら?」 「家出?」 奥さんの言葉に佐野さんは、眉を寄せる。 「今、平日のお昼前よ? 普通は学校に行ってる時間でしょ?」 「ああ…そういえば…」 「病院を断ったのもきっと、親に連絡されたくないからよ」 「うーん」 「宮司さんと話がしたいと言っていたけど…」 「そうか…」 佐野さんは頷くと、和室へ入っていった。 「君たち」 「佐野さん…」 「君たちはどうしてこの神社に? もっと有名な神社はあるのに…」 「…紫苑に逢いに来たんです」 「紫苑…愛結神のことか?」 「はい。アイツなら、今抱えている問題を解決してくれると信じて…」 佐野さんはハッと気付いて 「なぜ、紫苑様の名前を知っているんだ? 愛結神の愛称など誰にも教えたことはないのに」と言った。 「それは私が彼に紫苑という名を授けたからです。まだ彼が私の神使をしていた頃に」 「え…」 「私の木蓮(もくれん)という名も、私が神使だった時、前の神様から頂いた名前でした。あの頃、神社の境内に木蓮の木があって、前の神様はそこからとって私に名付けてくださった。今ではもう木蓮の木はないのでしょうか?」 「あ、ああ…だいぶ昔に枯れてしまって…。 君は…いったい」 「私は…紫苑が愛結神を名乗る前の愛結神です。今の紫苑が3代目です」 「…そ、そういえば、紫苑様は自分は3代目なのだと仰っていたような…そして、前の神だった木蓮様を今でもお慕いしていると切なそうな、お顔をなさっていた」 「…まさか、木蓮が女子中学生になってるなんて、信じられませんよね?」 「いえ…あなたが他人が知りえない紫苑様の名前を出した時点で、もしやと思いました。私が神を視ることができる宮司だったからなのもありますが…」 「佐野さんが視ることができる方で良かった。きっと、先祖も力を持っていたから、受け継がれたのでしょうね」 「はい。木蓮様、この方は木蓮様の大事な方なのですか?」 佐野さんは眠っている湊人に目を向けた。「うん。私の大事な恋人なんだ」 「そうですか…」 佐野さんは、嬉しそうに微笑んだ。 「湊人」 蓮菜が呼びかけると、湊人はうっすらと目を開けた。 「私、神様に会ってくる」 「あ…蓮菜…オレも行く」 湊人は体を起こし立ち上がったが、すぐにフラつき倒れそうになる。 「湊人」 蓮菜が湊人の体を受け止めた。 「はあっ…体が…重い…」 「湊人…無理しないで…」 蓮菜は湊人を布団に横たえた。 「湊人、紫苑と話をしてくる。彼にどうか湊人を助けてくれるよう頼んでみるよ」 「うん」 蓮菜は 「佐野さん。少しの間湊人をよろしくお願いします」 と言って、和室を出て行った。 「湊人さんは、木蓮様に愛されているのですね」 佐野さんは微笑を浮かべた。 「え…? なんで…」 「木蓮様に聞きました。あ、木蓮様という名前は彼女が神だった頃の愛称ですが…。木蓮様は、湊人さんを大事な恋人と…」 「蓮菜…」 湊人は恥ずかしそうに手で顔を覆う。 「今は蓮菜という名前なのですね」 「神木蓮菜です。色々あってオレと前世でも一緒で…その時男の子だったので、蓮って名前でした」 「それはそれは…そのまんまの名前ですね」 「かみ…き…れん…神…もくれん…ホントだ」 湊人は可笑しそうに吹き出した。 「人間になる時、自分で名前考えたのかな?ネーミングセンスなさすぎ…」 「そうですね」 湊人の笑顔を見て、佐野さんはホッと息を吐き出した。顔色も先程よりはマシになっていたから。
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