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 子供のころ──たしか、僕が小学三年生で、真琴が小学一年生だった──夏菜子おばさんが真琴を連れて、何かの用事で僕の家に泊まりに来たことがある。どのような用事だったのか、子供の僕には教えてもらえなかったが、何となく良くないことが起きたのだろうということは、子供心に感じ取っていた。その理由は今に至るまで明かされていなけれど、あえて知りたいという気持ちにもならない。そのころの僕は、珍しい泊り客にただただ興奮していた。  真琴が泊まりに来た日の夜、僕の両親と夏菜子おばさんは、テーブルを囲んで、ひどく深刻そうな顔をして話をしていた。まるで当然のように蚊帳の外に置かれた子供の僕と真琴は、こっそりと家を抜け出して、当時僕が友人たちと作っていた森の中の秘密基地に向かった。そこは森の中にポッカリとできた空き地で、僕たちは廃材を使って、そこに掘っ立て小屋のようなものを建てていた。今にして思えば、他人の土地に勝手に建物を建てるなんていうことは許されることではないと思う。だけど、子供の頃の僕たちには、土地に所有者がいるなんてことを考えたこともなかったし、何よりも僕たちが建てた掘っ立て小屋なんて、一時間もあれば簡単に取り壊してしまうことができる程度のものだった。  僕と真琴は一つずつ懐中電灯を持ち、漫画を数冊抱えて、秘密基地へと向かった。そして、掘っ立て小屋の中で、懐中電灯の明かりを頼りに、漫画を読んだ。持ってきた漫画は一時間ほどで読み終わり、真琴が外に出てみたいと言い出した。僕たちは秘密基地の中に漫画を置いたまま、懐中電灯の明かりも消して外に出る。そして、空を見上げると、夏の星空が一面に広がっていた。 「綺麗だね。いろんな色の星があって、まるで宝石みたい」  真琴は、ほう、と息を吐きながら星空を眺める。 「星空がそんなに珍しい? 星空なんて、曇ってなければいつでも見れるじゃないか」  僕は不思議に思いながら、真琴に尋ねた。だけど、僕の問いに、真琴は静かに頷いた。 「私の家からはこんなにたくさんの星は見えないの。晴れていてもね。ときどき明るい星がいくつか見えることはあるけど」 「へえ。不思議だな。同じ日本なのに、見える星が違うなんて」 「そうだね」  真琴は星空を見上げたまま、静かにそう答えた。そのころの僕は、街明かりが星の輝きを奪ってしまうなんて言うことは知りもしなかったから、とても不思議でならなかった。
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