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序
これは、僕が大学生の頃の物語だ。
その頃、僕は阪大の二年生で、何とか前期の単位を全て取りきり、ホッと胸を撫で下ろしながら夏休みを迎え、帰省していた。
僕の実家は広島県の山間にある小さな町の、中心部から離れた山の裾野にある。周りに見えるのは、山と田畑、そして小さな川。映画にでも出てきそうな、古い日本の風景が、そこにはずっと残っている。
子供の頃はずいぶんと不便を感じたその家も、大阪で人混みに揉まれながら大学生活を送る僕にとっては、ゆっくりと心安らぐ場所となっていた。いや、正確に言えば、そうなるはずだった。
その年の夏は、じっとしていても汗が噴き出してくるような酷く暑い日が続き、ふだんは滅多に使うことのないクーラーを、毎日のように使わなければならないくらいだった。
大学生の夏休みは、何も予定がなければ暇なだけだ。小学生や中学生、高校生のように、夏休みの宿題があるわけでもない。後期の講義が始まるまでは、完全に自由の身だ。もっとも、真面目に勉強しようという気概のある学生は、きっと夏休みの間も自分で課題を設けて、必死に勉学に励んでいるに違いない。だけど、僕にはそんな気概なんてないし、初めから持つつもりもなかった。
僕は毎日、十時過ぎに目を覚まし、遅めの朝食をとり、クーラーのよく効いた涼しい部屋の中で高校野球の中継を見ながら、何となくダラダラと時間を潰していた。日中、家にいるのは僕だけだぅたし、そんな生活を送っていても文句を言う人間などどこにもいない。
両親も、僕が国立大学に合格したことに満足して、あとはきちんと卒業して就職さえすれば何も言わないというスタンスをとっていた。そして、僕は決して優秀とまではいかないまでも、単位はきちんと取得していたし、取り立てて問題というような問題もなかった。
強いて言うならば、恋人がいないことに対して多少の劣等感を抱いていたことくらいだろうか。大学生になれば誰にでも恋人ができるなんていう、都市伝説的な話を心のどこかで信じていた僕は、周りの友人たちが恋人を作り、楽しそうに過ごしているのを見て、ときどき羨ましく感じられずにはいられなかった。
もちろん、僕にだって気になる女の子がいなかったわけではない。だけど、大学では高校までと違ってクラス単位で授業を受けるわけではないし、人それぞれ受けている講義が違うから、僕はどうやって気になる女の子に近づけばよいのかわからなかった。
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